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第25話「55日目」

前回 第24話「大海」


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メッセージ


マイさんの紛争地帯での件を聞いて取り乱した亜衣は1日塞ぎ込んで仕事にも出られなかったが、ボスから電話をもらい何とか持ち直した。

「狙われて被害を誘発した可能性も、低くはないというところだ。ただ、人的被害を引き起こしてしまったという確証もない。」

亜衣がボスの所へ行って娘のマイさんの紛争地での救援ドローンの件を確かめるとそう答えが返って来た。

「Miky先生、いや、マイさんが弱音を吐露した時期と例の紛争地での悲劇があった時と、タイミング的には同じだわ。。。」

亜衣はMiky先生とのやり取りを思い出した。

ー「もっと早く亜衣に出逢っていれば」ー

「早く出逢っていれば何だったのかしら。
私がMiky先生の役に立てることなんて。。。」

亜衣はそう思いながら「施設育ち」というMiky先生の生い立ちが気になった。

能力的には常人離れしているが、その分コミュニケーションや社会性に難を抱えている子供達が集まるあの養護施設にMiky先生は居た。

そこでアイロンの目に止まり、養子となった後に自由で高レベルな教育を受けたとのことだが、学校に行かずに家庭教師やAIを相手に学んでいたのは突出した才能だけが要因ではなく、おそらくは対人において何かの問題を抱えていたのだろう。

「もしかして超天才であるが故に、人とのコミュニケーションが取りづらくて、、、友達がいない。。。? 私が親友に感化されて自分の意思で人生を歩み始めたのを見て、何か感じることが人一倍あったのかも。。。」

亜衣はそう思うと、スマホを手に取りMiky先生に再度メッセージを送った。

「Miky先生、私は今Murmur社でチームの皆とトレードに取り組んでいます。良い脳波を保てるように最新機器で研究しながらやっています。」

亜衣は、Miky先生=マイさんだということには触れずに近況や仲間の紹介、アイロン・マックスとのやり取り等を伝える内容を送った。

「Miky先生、私はMiky先生に〝寄り添う”と言いましたけど、それすらも叶わない今の状況が辛いです。

今はトレードコンテストで良い結果を出すために壁を突破することが急務ですけど、、、

Miky先生のご事情を察すると、頼りにすることもできないかと思います。

Miky先生、どうかどうかご自愛ください。」

そう送ってスマホを閉じた。

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会長と


亜衣は会長室のあるフロアに行き、ウロウロしていた。事情を知った上で頼れる存在といえばボスしかいなかったが、何と相談して良いか、いや何を相談して良いかも分からないまま訪ねようとしていた。

ーチンッー

とエレベーターのドアが開いてボスが出て来た。

「ん?何だ、君か。」

とアイロンと鉢合わせした形になって焦る亜衣。

「あ、ボス。おはようございます。えーっと、あのう。。。」

と考えがまとまらない亜衣。

「ん、とりあえず部屋へ来いよ。」

と促されて会長室へと入った。

「いやー、Murmur社の改造だけどな、『決済機能も合わせて何でもありのサービスにする』って公表したら、また騒ぎになっているみたいでな。

使用通貨が違っていても、ドルも人民元も介さずに瞬時にやり取り出来るシステムにしたいのさ。そうすれば既存の金融システムの壁がなくなって、紛争地帯でも異国の個人同士でも自由にいろんな通貨で瞬時に送金・決済が出来るようになる。そうすれば市民の側からいろいろと現実的に行動を起こせる。

まあそうなると、俺は命を狙われるかもしれないけどな。わはは。」

とアイロンが言ったところで亜衣がビクッとした。

「命を狙われて、、、怖くはないんですか。。。?」

と亜衣が聞いた。

「ん? そんなことを気にしてたら、世界を変えるなんて出来っこないだろ? とっくに覚悟はしているさ。」

あっけらかんと答えるアイロン。

哲学、使命、野望、、、亜衣は自分に欠けていたものを目の当たりにし、同時におそらくはそのレベルで苦悩しているはずのマイさんのことを思った。

「あのぅ、ボス。マイさんとはまだ連絡が取れないのですか?」

と亜衣が聞いたところでアイロンが神妙な面持ちになった。

「それなんだがな、さっきやっと電話が来た。ひとまず体は元気らしいが、意味深なことを言っていてな。

『ダディー、私は寄り添うべき人々の所へ行って〝大丈夫だよ”って言ってあげたい。どんなに優れた技術があっても、私に出来る最大限の支援は寄り添うこと。そんな気がするの。。。』って言うんだ。。。」

アイロンは「まさか紛争地に乗り込むつもりか」という不安が頭をよぎって、目を強く閉じ苦しそうな顔になっている。

「・・・寄り添う!?」

亜衣は朝にMiky先生に送ったメッセージを思い出し、いろいろな思いが込み上げてきた。

「ボス、ボス、、、私のせいかもしれません。私のせいで思い詰めたマイさんが紛争地に行かなければと思ったのかもしれません。私のせいで。。。」

亜衣はそう言いながら顔面蒼白になってアイロンを見た。事情を説明すると、

「常人離れしたマイのことだ。何か考えがあるに違いない。今は、、、祈ろう。。。」

とアイロンが抱きしめながらそう言ってくれたが、亜衣を慰めるというよりは自分に言い聞かせているようだった。

「私が助けなければ。私が変わらなければ。。。」

自己実現でもなく夢を追うでもなく、「大事な人のために人生を賭けて勝負に出る」

亜衣はここに来て、そういう信念が芽生えていた。

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トレードミッション


亜衣が自分のフロアに行くと、チームの皆が集まっていた。今日はこれまで行ってきたトレーニングの振り返りと改善策を練る予定だった。

「リーダー、ここ数日はほとんど損切もなく、着実に利益を積めるようになって来ているね!」

トレーニングを始めて3週間ほどで、だいたい自分がどういうタイミングで脳波が雑になるかを掴み、雑になる前に瞑想をこまめに挟んでニューロフィードバックの機械も使い、良い脳波で1回ずつのトレードに臨めるようになっていた。

※ニューロフィードバック
https://clinical-neurofeedback.com/what/

「うん、皆のおかげよ。でも前にも言ったように、このパフォーマンスではコンテストで決勝ラウンドにも残れないの。

壁を突破するには、そもそもの今のチャートの見方だけではダメなんだけど、、、どうしたら良いのかしら。。。」

私が何とかしなければ。私が殻を破らなければ。私が!他の誰でもない私が!

と念じている時に亜衣のスマホの着信音が鳴った。Miky先生からのメッセージだった。

「あ、皆、ちょっとごめん。」

と亜衣が急いでメッセージを見ると、

「亜衣、心配かけているみたいでごめんね。私も勇気を出して行動に出るよ。」

という言葉と共に、URLのリンクが貼ってあった。リンク先に飛ぶと、Miky先生のブログの記事だった。

ー境界角度ー

水平縛りが解けた今、Miky先生からの最大限のヒントとして「斜めラインの記事を見よ」というアドバイスだった。

亜衣は何度も読んだブログの内容について持ち前の記憶力で一言一句まで覚えてはいたが、もう一度リンク先の記事を見返してみた。

ーこの世に在ると私達が認識しているもの全てが「波」であり、寄せては返す「波動」の連なりである。値動きは、肉眼で観察できる最も分かりやすい「波動」の1つであり、元から2次元上に走っている〝境界角度”を節目に寄せては返している。さあ、あなたも2次元の住人となって値動きの波長に自分を合わせよう。ー

読み返したその瞬間、
〝境界角度”
というものが言葉だけではなく、チャート上の絶対的な関数グラフとして亜衣の頭の中にズバーンと飛び出てくるかのように現れた。ついにつかんだ瞬間だった。

「いっぱしのトレーダーになりたい。」「スタイリッシュな生活がしたい」「ダメな自分を救いたい」

そういった、自分が主語である前提で考えていた時と今の亜衣では何が違うか。

いや「師匠の期待に応えたい」という感謝の心で臨んでいた時ですら見えなかった真理がなぜ今見えるようになったのか。

その答えは〝信念”であった。

混じり気がないと言ってもピュアという意味ではなく、邪念がないと言っても清廉ということではなく、また、確固たる目標と言っても自分のためではなく、、、

「自分がやらなければ失う。自分がやらなければ。」という信念。それがこれまでの亜衣にはなかった。

失うことになればおそらくは一生癒やされないかもしれない唯一無二の存在、その人のために現実的に強くならねばいけない状況、それらが合わさって亜衣には今「見えなければいけないもの」が見えるようになっていた。

もはや「そういうことだったのか!」とチャートの真理に気持ちが高揚することもなく、開催が差し迫ったコンテストに向けて、見えるようになった波の節目をどうトレードに生かせば飛躍できるのか、亜衣の意識はそこに向いていた。

ーお金でお金を稼ぐ〝それ相応”の理由ー

Miky先生の言葉が今の亜衣には現実問題として感じられていた。

「トレードの世界大会で優勝して発言権を得る。その時には世界に向けて、、、」

成すべきことに向けて時が満ちていた。

次回へ続く


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