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第38話「相思」

前回 第37話「想定


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大会最終日(午前)

前日の夜についに最後のワンピースがハマったかのようにチャートの見方が定まった亜衣。この日は午前中から〝トレンド転換の根本”を狙って、そしてピンポイントでピラミッティング的に増し玉も重ねて、天井で一気に決済をするというスタイルで利益を重ねていた。

トップを走るテリー氏との差がグングンと縮まり、会場のボルテージも最高潮になっていた。

「うぉおおっ!さすがアイロン・マックスの隠し玉だ!」
「おい見ろ!AIによる勝者予想は、、、Ai Okamura61.8%と出ているぞ!ついに形勢逆転か!?」
「いや、テリー氏とて、このままでは終わるまい。最後の追い込みを仕掛けてくるはずだ!」

目が離せない展開に沸き立つ場内。最終日ということもあり、大会サイドが呼んだハリウッドスターや有名企業のCEOの顔も見える。

ここで優勝して名前が売れればトレーダーとそのスポンサー企業は大きな宣伝効果が見込めることは明白だった。

そんな状況でも亜衣は、焦らず着実にチャートと自分との世界に没入していた。周りの喧騒もどこか遠くで聴こえるBGMのようで、それでいて鼓舞してくれるようにも思える良い精神状態だった。

テリー氏はというと、必死の形相で負けるものかと唇を噛み締めながらチャートを睨みつけている。こちらはこちらで、それまでのペースよりも大きく利益を取り始めていたが、亜衣がそれ以上のハイペースで追い上げてくるプレッシャーに手が震えていた。

「俺が、俺様が負ける?それもあんな小娘に?まさか!あり得ない!そんなことがあってなるものか!!」

殺気じみた目で亜衣を睨みつけるテリー氏。さすがに瞑想状態を続けていた亜衣の脳波もその殺気を察知して崩れた。

その時だった。
会場の大モニターがMurmurChat上の臨時ニュースに切り替わった。

「昨日意識不明の重体で基地へ運び込まれたIron Mai氏ですが、今は意識も回復し、命に別状はない模様。助けた兵士も無事。」

会場の至る所で歓声が上がった。

「おおっ生きているみたいだぞ!」
「良かった。希望の光がつながった!」

安否が不明だったヒロインの無事を知り、皆がホッとしている中、亜衣は戦地で命を賭けて戦っている仲間のことを思い、再度身の引き締まる思いがした。

亜衣は今にも襲いかかって来ようかというばかりのテリー氏を見てトレードの手が止まっていたが、仲間達の覚悟を思い出し、もう怖いというよりも好敵手で尊敬すべきトレードの大先輩、それも自分にチャートの見方の最後のワンピースをくれた相手が取り乱していることへの心配の気持ちが大きくなった。

「テリーさん、落ち着いて。」

亜衣はテリー氏のほうをあえて向きながら目を閉じて瞑想を始めた。

テリー氏はそれを見てハッとして、席を立ち休憩スペースへと向かった。

「あの機械野郎の言うとおりになっちまうのか?俺はここで負けるのか?昨日のヒントは出来過ぎた真似だったな。あのお嬢ちゃんがここまで覚醒するとは飛んだ誤算だったぜ。〝叡智は皆のもの”なんていうママごとめいたことを俺がやっちまうとはな。ちくしょう!」

テリー氏はそうブツブツ言いながらコーヒをガブ飲みしている。

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大会最終日(午後)

最終日は亜衣を含め、参加者は昼休憩を取ろうとしない。休憩スペースにビュッフェ形式の食事が用意されてはいるが、誰も席を立たないのである。それもそのはず決勝ラウンドに出場の10名中3位までに入れば、〝それ相応”の賞金が出ることになっていた。その金額は、優勝なら某二刀流日本人メジャーリーガーが10年契約で手にする〝破格の報酬”と言われる額と同等であり、2位・3位とてそれに準じる額だった。

大会のスポンサーからすれば、世界トップレベルのトレーダーの売買履歴とチャート分析が一挙に手に入る願ってもないチャンスで、宣伝効果に加えてそのデータが取れてしまえばAI全盛の今の時代、数十億ドルでも元を取るのは簡単だという試算だった。

亜衣も当然そのことは知っていて、仮に優勝すれば、日本の長者番付で一気にトップ50位以内には入るだろうということは念頭にあった。

そして終盤の「このまま行けば逆転勝ちできる」という時にこそ、大金など手にしたことのない庶民派の亜衣のメンタルを崩しかねない要素でもあった。

「おい、テリー氏は別としても、あのMiss.Okamuraなんてひょっとするとビリオネアだぜ!」
「才能ある奴はいいよなぁ。これで人生勝ち逃げじゃん。」

そういう声がギャラリーから聞こえては亜衣の頭の中に雑念が散らつく。

テリー氏も自分の席へと戻り、いったん冷静さを取り戻したように勝ちトレードをまた重ね始めた。

それでも亜衣との差は縮まる一方で、もはや完全に追う者追われる者の立場が逆転しつつあったて。

「くそうっ!負けちまう!この俺が!俺様が!! いや負けるかぁ!俺が負けたら誰が成し遂げる?腑抜けたアイツらではダメだ!俺だ、俺がやるんだ。俺が世界を牛耳るんだぁっ!!」

テリー氏はまた酷い貧乏ゆすりをしながらも普段より大きな増し玉で大きな利益を得ようとする。

が、焦りからか分析を見誤って、全建値狩りを喰らってしまった。

それを横目に亜衣は冷静に、脅威のペースで利益を重ねる。

そしてついに、伝説の相場師テリー・ウィリアムと亜衣の収支が、、、入れ替わったのだった。

「うぉおおおおーーーっ!逆転だぁあああ!」
「大番狂せがきたぞぉおおーーーーっ!」
「ついに世代交代かぁーーっ!」

会場中が沸き返り、熱狂の渦が巻き起こる。

「思っても見ないことが起こりましたぁ!なんとなんとなんと、生きる伝説と言われた〝トレーダー・オブ・トレーダー”のあのテリー・ウィリアムをーっ!日本から来たあのアイロン・マックスお付きの女侍、Ai Okamuraが斬って落とすのかぁーーー!!」

実況がそう捲し立てるようにさらに盛り上げる。

亜衣はそんな会場の熱気をよそに、テリー氏のほうをチラチラと見ている。

(違う。テリーさん、そうじゃない。。。テリーさんならテリーさんの〝目”でなら見えるはず。。。)

亜衣はまたメモ用紙に何かを書き始めた。今度は文字はなく、イラストだけだった。そのイラストは4本のEMAとそれらの収束地点が波の起点と絡んで連なっている絵だった。

テリー氏ならこのイラストを見れば、自身に足りない目線に気付き、すぐにでも手法を完成させるに違いなかった。同じ師匠を持った〝弟子同士”、欠けているワンピースが何であるかが分かるのであった。

そのイラストを胸のところに握りしめて、テリー氏に渡しに行くか行かないか悩んでいる。

このままトレードを続けさえすれば自分が優勝である。新卒1年目の社会人成り立ての身でビリオネアである。

いや、今の亜衣なら稼ぎたい分だけ稼げるスキルが身に付いていて、賞金なぞはもはや求める必要もないのだが、優勝すれば名声と発言権が手に入る。

そう、発言権。それを手にするためにボスに直談判し、チームの皆にも協力してもらい、わざわざニューヨークまで来て戦っているのだった。

戦地で戦っている仲間は、その発言権を手にしたかもしれなかった。危険を顧みず完全に自己責任で現場へ行って、体一つで抵抗してみせたのである。そして敵方の英雄も助け出した。

あとは〝物語”を世界に知ってもらうだけだった。

亜衣はどうだろうか。このまま奇跡の逆転勝ちを収めれば、きっと世界は自分の言うことに耳を傾けてくれるに違いない。その思いはある。

でも、何かが違う。このまま優勝してしまうのは求めている何かとはズレている。亜衣にはその思いが拭えないが、いろんな抵抗が邪魔をしてテリー氏のほうへ足が向かない。

「良いのかしら。私、せっかくの優勝を捨てるかも知れない。そうなったらチームの皆やボスに申し訳が立たない。何より世界を変えるチャンスを失うかも知れない。

私、、私、、、、」

とその時だった。

盛り上がる歓声の中で、聞き慣れた声が聞こえたような気がした。ふと観客席を振り返ると、腰の高さくらいの柵を乗り越えて、トレーダーゾーンに侵入しようとしている者がいる。

ガードマンに止められて揉み合いながらもこちらに向かって何かを叫んでいる。探検家のような茶色の迷彩服に同じ茶色柄のハットを被った女性、、、

それは寛子だった。

「ちょっとあんた何やってんのよ!!イライラするわね、本当!!!

自分の人生でしょ!!何言われたって良いじゃない!!!そっちの人にその紙渡すんでしょ??? だったらさっさと渡しなさいよ!!」

柵を乗り越えようとしてそのまま前に倒れ込む寛子。ガードマンが止めながらも抱き抱えてくれようとする。

「あんたが思うようにやってやんなさいよ!
何しにアメリカまで来たのよ!!!
あんたがやんないんだったら私がやってやるんだからね!!!キーッ!!!」

もう1人ガードマンが駆け付け、両脇を抱えられて強制的に場外へ運ばれながらも首だけ振り返りながらこっちを向いてまだ何か叫んでいるが、もう声はかき消されて聞こえない。

「・・・・・・あはっ。あははっ!寛子じゃん。やだっ、何やってんのあの子。そういえばアメリカに居るんだった。何よ、採掘現場から今駆け付けましたみたいな格好して。あはははっ。」

吹っ切れた笑いを見せながらも目からは涙が溢れていた。

(ありがとう。寛子、ありがとね。おかげで迷いが消えたわ。やっぱり持つべきものは友達ね。『あんたが思うようにやってやんなさいよ!』か。。。うん、よしっ!)

亜衣はそう開き直ってから席を立ち、テリー氏のほうへと歩み寄った。

「俺がやらないと!他のヘタレどもではダメだ!俺が牛耳ってやる。世界を!そしてありとあらゆる国のスラム街をなくしてやる!俺がだ、他の誰でもない、この俺がだ!そのためには金だ!金を牛耳ってやる!金だ!金が要るんだっ!!」

テリー氏は苦しい表情でチャートに向かってそう叫んでいたが、隣に亜衣が立っていることに気付き、ビクッとして見上げた。

「今度はなんだぁ、貴様。余裕の状況で俺様を挑発しに来たかぁ?」

とテリー氏が凄む。

亜衣はゆっくりと首を振り、極意を描いた紙をテリー氏に渡した。テリー氏は震える手で受け取ると、紙を顔に近づけマジマジとイラストを見ている。

亜衣の思ったとおり、テリー氏は瞬時にその意味に気付き、なぜに亜衣が値動きの〝節目”が分かるのか、ここに来てその謎が解けたようだった。

「お嬢ちゃん、どうやら俺たちは同じ師匠を持ったらしいな。あの時MAIが言った未来の弟子ってのはお前のことだな。それで〝叡智は皆のもの”とか抜かしてやがったのか。まさかお嬢ちゃんみたいな娘っ子だとは思わなかったぜ。。。」

とテリー氏は殺気を鎮めてそう言った。

「勘違いしないでくださいね。教えられっぱなしじゃ癪ですから。あとで、『ヒントをやったせいで負けたんだ。』なんて言い訳されても困りますし。これでイーブンですからね!そんで最後に勝つのは私です!!」

と亜衣は鼻の穴を最大に膨らませながらそう言い放ってプイっと振り返り、今度はツカツカと自分の席へ戻った。

「抜かせ、小娘が!言いたいこと言いやがって!勝つのは俺だ!」

とテリー氏はニヤッとしながらそういうと、チャートに集中し始めた。

残り時間はあとわずか、本当の勝負が今始まった。

次回へ続く

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