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第22話「挑戦」

前回 第21話「34日目」

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癖について


養護施設からの帰り道、社用車に乗って窓の外を眺めている亜衣。

「リーダー、KIDSシステムが実用化に向けて進みそうで良かったね。あの男の子も脳波を見たらひとまずは絵を描いている時は気分が良いっていうこともシステムのおかげで分かって施設長さんも少し安心していたし。

そう言えば帰り際にリーダーのことをあの子が『お姉ちゃんも僕と同じだね。』って言ってたの、何だったんだろうね?」

と今やアメリカで相棒となったキャシーが聞いてきた。

「たぶん鼻だと思う。」

と答える亜衣。

「鼻? どういうこと?」

と不思議がるキャシー。

「私、新しい場所や人に出会うと無意識に鼻の穴が膨らんじゃうの。特に好きなことに没頭している時は膨らみっぱなしで。」

と亜衣が笑いながら言った。

「ああ、そうなのw あの男の子も塗りながら鼻が膨らんでいたのね? 」

「うん。それであの子の黒い絵を心の闇が溢れ出たものってみなすには違和感があって。テンションが上がってる証拠だからね、鼻の穴が膨らむのは。」

と亜衣は好きな本を夢中で読んでいる時の自分を思い返して男の子と重ね合わせていたのだった。

「黒は男の子が憧れる色でもあるしね。あ、リーダー、例のチップで脳波を調整する拡張機能、オフィスに戻ったらさっそく具体的に企画進めようよ。」

とキャシー。

「うん、やろうやろう。」

亜衣は鼻を膨らませながら同意した。

 ◇

オフィスに戻ると脳波研究のプロであるメンバーのイリアスを呼んで本格的に打ち合わせを始めた。

「僕は〝ニューロフィードバック”が専門だけどね、小さなチップに内蔵させるとなると、、、未知の領域だね。スタッフで試すけど、あくまで効果は体感的なものだし、実現したとしてどうやってその効果を見える化するかっていう問題もあるね。。。」

※ニューロフィードバック装置

https://toyokeizai.net/articles/-/237175?page=4

「トリップした最高の状態でなくて、落ち着いて心地良いレベルの脳波で良いの。何とか早期に実現したいわ。」

亜衣は自らも禅を経験して、心地良い脳の状態の重要性は体感的に知っていた。体感というのは、トレード前に禅を行うことで少なくとも〝ポジポジ病”を発症することがなくなったことであるのだが、、、

「あっ。。。」

と亜衣が何かに気がついて立ち上がった。

キャシーとイリアスが「何だ?」という感じで亜衣を見上げている。

ポジポジ病がなくなったとは言え、錯覚を起こしてミストレードをしている時の自分の脳は、いったいどういう状態なんだろう? 暴走はしていないとは言え、直接お金を相場に晒す〝恐怖”に対して何らかの悪い作用があるんじゃないかしら。それできっと無自覚の癖が出ていて、、、

「何で気づかなかったの。。。」

亜衣は呟くように言った。

「リーダー、何か発見したの?」

と聞くキャシー。

顎に片手を当ててウロウロしながら考え出す亜衣。その鼻の穴が膨らんでいるのを見て、キャシーも何かを期待する顔になっている。

「何だよ、リーダー、何か閃きそうか?」

とイリアスも乗って来た。

「ごめん、私ボスの所に〝直談判”に行ってくる!」

と言い残して亜衣はミーティングルームを足早に出て行った。

残された2人は「リーダーの本領発揮か?」という感じで顔を見合わせた。

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会長室にて


会長室のある最上階に行くとフロアの休憩スペースでアイロンと秘書が談笑していた。

亜衣は意を決した顔で近づくと、アイロンがそれに気付き、「何だろう?」という顔になった。

「ボス!お願いがあります!」

と強い口調の亜衣。

「何だよ、いきなり。」

アイロンが「何か良いことでも思いついたのか?」という感じで軽く笑みをこぼしながら聞いた。

「私を〝ブレインテック開発”の実験台にしてください!」

※ブレインテック開発
https://studyu.jp/feature/theme/braintec/

※思考を文字に変換
https://twitter.com/shuzonarita/status/1589591136494313472?s=46&t=e3N6ZMp92_PNYn_9xxE3Gw


「実験台?具体的には何をするんだ?」

と面白いことを言い出した亜衣に興味津々なアイロン。

「はい。私、実は、、、金融取引のいわゆるデイトレードにずっと取り組んでまして、、、尊敬する師匠の元でテクニカルの勉強も頑張って来て、あと一歩というところまで来たんです! いやその一歩がとても大きなものかもしれませんが、、、

トレード時の私の脳波も思考も晒して、いかに精神が乱れるか、ニューロフィードバック機能を使えばどうトレードに影響するかを試したいんです!それが成功すれば宣伝活動時のデータにも使えます!そのためにトレードコンテストに出る許可を下さい!」

思いを一気に吐き出した亜衣。
それを聞いて片手をポケットに入れたまま、もう一方の手を軽く握り鼻頭に当てつつ考え出すアイロン。

「ふむ。短期売買はセルフコントロールが最も必要な〝脳の荒業”とも言えるしな。

PDCAを回す実験としては最適かもしれない。売買の前後や建玉を持っている時、一度乱れてから回復するまでのサンプルが早回しで取れるだろうな。」

とさすがに様々なことに精通していて、自らの事業に投資部門も抱えるアイロンは理解も速い。

「ボス、私はまだトレーダーとして半人前ですが、それでも相場というものが金の奪い合いの側面もあるこの資本主義社会を最も象徴した戦場であるという実感があります。

世の中を良くするために人類が次のレベルに発展していくために、このマネーゲームを〝プレイヤーの側から制した上で”次の社会の在り方を唱える、、、そうして初めて皆が聞いてくれる。。。

そんな気がするんです。そのためにはあらゆる技術や知恵を使って皆で攻略したいんです。私1人では無理でも、皆で挑めばきっと。。。」

と唇を震わせながら訴える亜衣。相場を通して幾度となく自我を否定されるような経験、自分が何者でもなく誰かに操られているような感覚、「お前は搾られるだけの木偶(でく)の坊だ。」と嘲笑われているかのような屈辱、、、

それらを思い出しながら、それでも「皆で挑めばきっと打ち勝てる。」そういう心境になっていた。

「もはや自分だけの戦いではない。」

渡辺社長やアイロン・マックス、また新たに出来た志し高き仲間達のおかげで「この世界を変えたい。」「歪な社会構造をぶっ壊したい。」という信念が今や亜衣にも宿っていた。

そのためには「このマネーゲーム社会の最前線である相場で、その内側から攻略した者のみが手にする発言権」を亜衣は何としても獲得したいという思いになっていた。

「面白い、やってみろ。」

とアイロンが言うと、

「ありがとうございます、ボス!ご理解感謝します!」

と亜衣は日本人らしく最敬礼をして、仲間の元へ小走りで戻って行った。

アイロンは「〝プレイヤーの側から制する”だと?そんなこと考えもしなかったぜ。こいつぁ、思った以上の凄いタマかもしれないな。。。」と思いながら、渡辺社長の顔を思い浮かべてニヤリとした。

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ミッションポッシブル

チームのフロアーに戻ると、ボスの所へ直談判に言った亜衣をメンバー達が揃って待っていた。

「さすがリーダー!私たちだってまだまだ面と向かうと緊張してしまうあのボスに直談判なんて最高にcoolよ!」

とソフィアが言った。

ソフィアはエリート集団でもあるこのチームの中でも特にアイロン期待の逸材で、数年前に立ち上げた「Neuro Spiral社」の技術部長を任されていた。

「ソフィア、さっそくだけど相談があるの。私の思考回路を、、、読み取れるようにしてくれない? 」

と亜衣は依頼した。

「良いですけど、例のチップのサイズに組み込むには、、、時間がかかりますよ?」

とソフィア。

「いや、それはまだ良いの。今回はヘッドホンスタイルで良いんだけど、、、

私ね、ニューヨークで行われるトレードコンテストの世界大会、WTCに出ることにしたの。

そこで、、、優勝するわ!」

と亜衣が宣言した。皆顔を見合わせて驚いている。

WTC(ワールドトレードコンテスト)、トレードの世界大会であり、ニューヨークのLabyrinth証券が開催していることから通称「ラビリンスカップ」とも呼ばれている。

1ヶ月間の自由エントリーによるインターネット取引による予選の後、上位10名による1週間(5営業日)の決勝戦がニューヨークのウォール街にて行われる。会場では各々のトレードが特大モニターに映し出され実況もされる。各メディアが集まるため、トレーダーや所属する団体にとっては最高のアピールの場にもなる。

世界中の名だたるトレーダー達が集い、その中でも天才と言われる部類の者達で行われる決勝戦のデイトレード勝負は、もはや凡人にとっては異次元とも言えるパフォーマンスになっていた。

利益も十分に積み重ねられないレベルの亜衣が、あろうことかそのWTCにエントリーしようというのである。

「リーダー、トレードの経験はあるんですか?あれはなんていうか、俺もやったことあるけど、、、超絶ハードな無理ゲーですよ?」

とイリアスが心配そうに聞いた。

「うん、実はね。私デイトレーダーとしての修行を積んでいて現状はまだ半人前なんだけど、、、皆と一緒に突き抜けたいの! もちろんKIDSシステムや他の事業にとっても大きな宣伝になると思ってのことよ。どうかな?」

と皆をうかがう亜衣。

「ピューイ♪」

口笛を鳴らしながら首を震わせるイリアス。

「面白れぇ。最高に面白れぇ。かつて我が母校のMITの先輩達が、確率論を駆使してラスベガスに殴り込んだんだ。映画にもなってる。彼らはカジノだったけど、、、俺たちは金融市場そのものへ殴り込みってわけか!最高にexcitingじゃんか!」

とテンションが上がるイリアス。

※映画「ラスベガスをぶっつぶせ」
https://staff.persol-xtech.co.jp/corporate/security/article.html?id=44

「私達はあのアイロン・マックスの直属の部隊よ。やってやれないことはないはずよ!私達が本気になればミッション・・・ポッシブルだわ!!」

とソフィアも乗って来た。

「やってやるか!」
「よし、やろうぜ!」
「そうと決まったら今からやろう!」

と皆が一体となって動き出した。

映画さながらのミッションが魅力的で皆のテンションが上がったのはあるが、亜衣が中心となっているからこそ場が動いていることに気づいているのは、この時はアイロンだけだった。

次回へ続く










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