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第21話「34日目」

前回 第20話「交差」

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プロジェクトチームにて


今やサンフランシスコにはたくさんのIT企業が集まっているが、もはや従来の〝IT”の枠を超えた新技術に取り組む事業が次々に生まれていた。

例えば脳と機械を直接繋ぐ「BMI」がそうである。人工知能搭載のアンドロイドがそう遠くない将来に人類を越えると言われているが、それに対抗するために人間の頭脳や身体能力を拡張機能で発展させようとする技術である。

※サルが脳波でテレビゲーム
https://news.denfaminicogamer.jp/news/210412n/amp

※3本目の腕
https://onl.tw/yLrftFt

もちろん巷で話題の仮想現実や5G通信なども、ここシリコンバレーを本拠地として研究している企業が少なくない。

亜衣が出向しているMurmur社も、これまではSNS上の投稿プラットフォームの運営がメインであったが、アイロン・マックスのテコ入れにより今後は誰もが気軽に自作の仮想空間を配信したりその他の情報通信技術と融合したり出来る、次世代の総合メディア企業として再興させようとしていた。

亜衣はその1つの重要なスタートダッシュの事業として〝KIDS”の運用プロジェクトのリーダーに抜擢されたのだが、亜衣本人も予感しているように従来の「園児の出欠・健康管理」にとどまらず、大企業や軍施設、引いては街の住民の生活向上や生命保持にまで応用しようとする流れになっていた。

街の人々が良い脳波の状態で過ごせるように適材適所での配置を次世代コンピュータで導き出し、バイタル面での危険が迫っている時にはいち早く自動運転の救助マシーンが駆けつける。。。

そんなSFの世界がもう技術的には実際に出来る時代が迫りつつあることをシリコンバレーに集まる天才達は現実的にイメージし、しのぎを削って研究に没頭していた。

そんな世界へ飛び込んできた亜衣も、本来の能力としてはシリコンバレーの天才達に負けず劣らず優秀であり、今や〝確固たる目標”の下、オープンマインドで夢を実現出来る人間の1人になってきた、、、

と思いながらMurmur社での仕事に打ち込んではいたが、亜衣の中では今最も肝心な取り組みである「トレードで利益を重ねる。」という点では、相変わらず一進一退の状況だった。

「ふうっ。納得の行くトレードも増えて来たけど、やっぱり錯覚による損切も多い。。。

Miky先生に教わったMAと水平のシンプルトレードを忠実にやっているつもりだけど、細かい部分で見極めを失敗することが多いのよね。それで結果的に不要なトレードも増えて。。。」

以降、仕事は仲間からの良い影響もあり社内でのシステム運用も順調で、社外への普及を目指す段階まで来ていた。「〝KIDS”が自分の幼少期にあれば自身を救ってくれたであろう」という確信と、システムを必要としてくれている周囲の人達の思いとが合わさり、今では心から勧められるようになっていた。また、Murmur社の中でのポジションや評価も本来の能力や〝哲学”に沿ったものになって来ていた。

にも関わらず、「トレードは別物だ」と相場の死神が言っているかのように、ミストレードがなくならないのである。

「Miky先生がいればなぁ。。。」

Miky先生とやり取りをするようになってこの日で34日目、依然としてMikyさんからの連絡はなく相談も出来ていなかったが、「相場でも独り立ちするチャンスだ。」と亜衣は自分に言い聞かせていた。

  ◇

この日はMurmur社内のプロジェクトメンバーで打ち合わせをする日で、ミーティングスペースに皆が集まっていた。

「社内では首から下げるネームプレートにチップを入れた状態で〝再雇用試験”を実施し、どの分野に関するアンケート時に最も良い脳波を出しているかを計測した上で、すでに職種・部署を超えての適材適所化が進んでいます。スタッフ達の反応は概ね良好です。

今後は実務中のデータも取りながら、タスクのやり方についても細かく最適化していく予定です。」

とキャシーが報告した。

「てことは何か? 多くの人員をカットしたけど、会社自体うまく回っちゃってるってことか?」

と肩をすぼめながらイリアスが聞いた。

「そういうことになるわね。もちろんリーダーの開発した〝KIDSシステム”があるからってのが大きいけど。」

とキャシーが答えるのと同時にメンバーが亜衣に注目した。

「皆の協力があるからよ。でも、、、今後はスポーツや演劇、チェスやポーカーなどのプロとも提携して活用していきたいわね。」

と亜衣が提案した。

「あ、リーダー、かねてからMurmurChat上で無料モニターの募集をしていた分に対して導入を試したいっていう応募が今日までにいくつかありまして、そのほとんどが企業からなんですが、、、その1つに児童養護施設がありましてそれがちょっと特殊なんです。」

とイライザが言った。

「特殊って何が?」

と亜衣が児童養護施設と聞いて自分の保育園を思い出しながら尋ねた。

「はい、ただの児童養護施設ではなくて、自閉症等のコミュニケーションに問題のある子ども達を集めた施設なんです。KIDSのシステムで測る脳波がそういった症状を抱える子達のケースに対応できるかどうか、、、」

とイライザは亜衣の判断を伺うように言った。亜衣は「もう自分が判断を下す立場であり、その判断でメンバーや会社の命運をも左右する」という重圧を感じていたが、その重圧に耐え前向きに進められるほどのマインドになっていた。

「・・・役に立てないかもしれないと思うのではなくて、役に立てる部分を探す。そのために無料モニターで協力してもらうっていうことを説明して差し上げれば良いと思うわ。

思わぬ改善点や優れた点が見つかるかもしれないし。第一、チップを携帯してもらうだけなら何の害もないわけだし。」

とはっきり答える亜衣。

「Excellent!俺もそう思う。」

会長のアイロンがミーティングスペース横の柱の陰から出て来て言った。

「ボス!いらしてたんですか。」

皆ヒーローが現れたと言わんばかりに目を輝かせてアイロンを見た。

「君達は俺の直属の部隊だからな。ガンガンやってくれよ。それにその養護施設なんだがな。実は縁があって昔から俺がスポンサーになって援助している所なんだ。俺からも言っておくからぜひ導入してもらいたい。それを言いに来たんだ。」

皆「奇遇なこともあるもんだ。」という感じで顔を見合わせている。

「承知しました、ボス。それならそこへは私も現地へ行って、ヒアリングして来ます。」

亜衣はシステムの語源にもした「子ども達の将来性を広げる。」という活用法のため、児童養護施設でまた何か掴めるものがあればという思いだった。

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児童養護施設にて


Murmur社から車を走らせて30分の所に例の児童養護施設はあり、亜衣達が訪ねる旨の電話をすると「とにかく早く来てくれ。」とのことで、その日のうちに亜衣とキャシーで向かうことになった。

「Hi,よく来てくれました。」

施設長の年配黒人女性が出迎えてくれ、亜衣達が聞く前に〝KIDSシステム”で出来ることについて熱く語り始めてくれた。

「私達もね、カウンセラーや医者と連携しながらベストを尽くしてはいるけどね、やっぱりいろいろと難しいことも多くてね。子供達が考えていること感じていることを言葉を介さなくてももっと解ったら、してあげられることも増えるのにって思っててね。

ほら、コミュケーションが不得手な分、いろんな才能を秘めている子だっているし。でも現実はこちらが汲み取って上げられなくて、発作を起こしてしまうことも日常茶飯事よ。。。」

と施設長は言葉でうまくやり取りが出来ないが故のジレンマと、それを解決できるなら機械だろうが何だろうが積極的に取り入れるという熱い思いを一気にぶつけて来てくれた。

ひとしきり施設長の思いに頷きながら聞いていた亜衣は、

「施設長さん、今は脳波の状態を見るだけのものですが、近いうちに良い状態の脳波に自然となれるような機能も備える予定です。もちろん倫理の許す範囲内ですが、赤ちゃんがお母さんのお腹の中で聞いていた音を耳にすると泣き止んで落ち着くというみたいなことを脳波ベースで取り入れるつもりです。

それまではまず今の機能に合わせて、職員の方で子どもたちの精神状態を見守りつつ活用してみてくれませんか?」

と亜衣が説明した。

「ええ、ええ、もちろんよ。あなたたち、子供達に会って行っていただけるかしら。とっても可愛い子たちよ。日本のアニメが大好きな子も多いし、日本人のお姉さんが来たと知ったらきっと喜ぶわ。」

と施設長。

亜衣とキャシーが子供達のいるフロアに行くと「お客さんが来たー。」という感じでじゃれついてくる子、職員の後ろに隠れて覗っている子等各々の反応をする子ども達の中で、亜衣達のことは気にも止めずに一心不乱にお絵描きをしている男の子がいた。

「あの子がね、問題なのよ。」

案内をしてくれた施設長が眉間にシワをよせて言った。

「あの子の描く〝絵”が心配で心理カウンセラーにも診てもらっているんだけどね、問題なのは描くのを辞めさせようとすると癇癪を起こすかのように荒れるのよ。黒じゃなくて明るいクレヨンを使いなさいって言っても言うことを聞かないの。ねえ、何かストレスを抱えていて脳波に問題があるんじゃないかしら。。。」

そう言われて亜衣がその子を見ると、大きめのスケッチブックいっぱいを、、、黒一色に塗り潰していた。

「もう何枚も何枚もよ。黒のクレヨンがなくなると泣き叫ぶから、仕方なく与えているけど、、、

あの子事情があって親元を離れてね、普通の施設では対応できないっていうんで最近うちに来たのよ。

ねえ、あなた達は脳波のプロでしょう? これって心が歪んで異常な脳波を出しているケースじゃないかしら? 何かに抑圧されて。。。」

と施設長が不安そうに聞いて来た。

※真っ黒パニック
https://yubimaruko.net/contents_618.m.html


「わ、私達も医者ではないので滅多なことは言えませんが、、、たしかに普通ではないですね。」

と亜衣は答えたが、一心不乱にスケッチブックを黒で塗り潰すその子の様子を見て、「異常な行動」と見ることに何か違和感を感じた。

「ハロー、私は亜衣。日本から来たのよ。よろしくね。何で紙を暗くしちゃうのかな? お姉ちゃんに教えてくれる?」

と話しかける亜衣。

男の子はチラッと亜衣のほうを見ると、

「暗くないよ。明るい絵だよ。」

とボソッと言った。

「明るい?これが?そうなの?」

と亜衣が聞き返すと同時に、男の子は黒く塗り終わったスケッチブックの紙を1枚外して立ち上がった。

「ピカチュウの尻尾は黒だっけ?」

と言いながらしゃがんだままの亜衣のお尻に黒く塗り潰した画用紙を横向きに当てて、

「尻尾!尻尾!」

と言いながらケラケラ楽しそうに笑った。

施設長と職員達は男の子が初めて楽しそうに笑っているのを見て驚いている。

「尻尾?この黒いのが尻尾なの?どういうこと?」

と亜衣が聞くが、また次の紙を夢中で塗り始めてしまった。

亜衣は施設長のほうを見てお互い首を傾げたが、チップで測定した脳波は良い状態を示していたこともあり、様子を見ましょうということでその日はそれで引き上げることにした。

「お姉ちゃん、僕と同じだね!また来てね!」

男の子は亜衣の帰り際にエントランスまで見送りに来てくれた。亜衣は手を振って応えたが、施設長は目を丸くして見ていた。

次回へ続く



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