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病院の待合室にて(まだこんなことあるの?)

私はもうかれこれ30年以上、アレルギー性鼻炎を患っており、月に一回必ず耳鼻科に行き、鼻洗浄と薬を処方してもらっている。

その耳鼻科は理由はわからないが、とても人気があり、いつも待合室はいっぱいだ。座れないこともある。
理由がわからない、というのは、自分自身、この耳鼻科にはもう十年以上通っているが、ちっとも改善はしていないからである。
かと言って、他に評判の良い耳鼻科を聞いたことがないから、ここに通い続けているだけだ。

いつも1時間待ちは当たり前で、大抵は受付だけ済ませ、一旦帰宅したり、買い物に行ったりするのだが、今日に限って待つことにした。
しかし、これが大きな失敗だった。

次に書く小説のプロットでも考えようと、やっと空いた席に座って一時間ほどスマホ作業に没頭し、目が疲れたのでスマホをカバンに戻した時だった。

受付を済ませた70代くらいのご婦人が私の隣に座るや否や、話しかけてきた。

ご婦人「おたく、もう済みましたの?」

会計待ちの人もいるので、そういう意味で聞いたのだろう。

私「いえ、まだです」

待合室は三十人近くの患者がひしめき合っている。

婦人「そお~~、まだなの。今、一時間はかかるって言われたわ~」

私「はぁ・・・」

(私ももう一時間近く待ってますよ)

嫌な予感はしていた。
その後、そのご婦人から怒涛の如く質問攻めが始まったのだ。

昭和の、特に、私らの母親世代の人たちは、そうやって見ず知らずの人間であっても、病院や電車で隣り合わせになったり、時にはスーパーで特売品を漁っている時など、まるで、同志を得たように気さくに話しかけてくる。
それは何度も経験していて、対応にも慣れていた。
・・・が、今回は手強かった。

ご婦人「オタクも耳?」

私「いえ、私は鼻です」

ご婦人「あぁ、そ~~~」

興味無さげに、長い相槌をうつ。

ご婦人「私はもう何年もここに通ってるんやけど、看護婦さん(発言ママ)のほとんどがあの頃から入れ替わったんよね~~」

ここまではまあ、いい。
「そうなんですねぇ」と、言わば世間話のように、こちらも適当に相槌を打っていればよかったから。

しかし、ここからは、どう考えても”いらん”だろうと思われる個人的な質問攻めが始まった。

ご婦人「オタク、子どもさんは?」

私「いますけど、もう社会人で家を出ました」

ご婦人「えっ?」

私は人目が気になり、出来るだけ声を潜めて話していたので、聞き取れない、と何度も顔を寄せて聞き返される。

私「(トーンを上げて)もう成人して出ていきました!」

ご婦人「あ~~そう~~~」

(興味ないんでしょうが…)

ご婦人「それはそれは…。やれやれ、やねぇ」

(いや、その通りだけど…)

ご婦人「ご主人は何のお仕事?」

(マジか!?)

これ、いる??

三十人はいる、シンと静まり返った待合室に、我々の会話だけが響いている。ここで、私の個人情報をダダ漏らししろ、というのか?

しかし、ここで、私は思い直した。
この質問は彼女を黙らせるきっかけになるかも、と正直に答えることにしたのだ。

私「主人は亡くなりました」(どや!!)


しかし、私は昭和のおばちゃんを舐めていた。

ご婦人は気の毒そうに私を上から下までなめ回すようにみながら、

「あら~そう~~。若いやん、まだ。ねぇ?」

(そうでしょ?気の毒でしょ。だから、この話はもうおしまい)

私はその視線にひとしきり耐えた後、微笑みながら頷くと、スマホを取り出した。
何の通知もないLINEを開き、ポチポチ意味もなく操作するふりをして会話を断ち切ったつもりだった。
が、ご婦人はそんなことはお構いなく、続ける。

ご婦人「じゃあ、今は一人なの?」

(受け付けの人、早く私の名前呼んでくれ~~)

私「いえ、母親と二人で住んでます…」

(私のお人よし!)

もうそろそろ呼ばれるはずだと信じて、この後も答え続けた。

「お母さんは通院してる?」「どこの病院?」「持ち家?」etc…

この間、何度も「え?」と聞き返され、リピートさせられるたびに苛立ちを覚えた。

(何なの、この仕打ち…)

そして、

「ところで、お仕事は何をされてるの?」

という、これまたパーソナルな質問がぶつけられたところで、

『○○(私)さ~ん』

とようやく呼ばれ、その尋問のような会話は打ち切られた。

何とか職業を明かすことは免れたものの、月に1回は通うこの耳鼻科で、家族構成や個人情報を公表させられるとは、思いがけぬ災難であった。

こういう時はどうしたらいいものなのかしら…。
無視することもできず、冷たく突っぱねることもできない私・・・。


そんなわけで、今日は自分よりも上の昭和パワーに圧倒され、クタクタになる一日だった。












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