見出し画像

「ひと口飲む?」

50歳を超えた頃から、急に酒に弱くなった。
もともとそれほど強くはなかったが、付き合いの飲み会では適度に飲むし、自宅でもビールや缶チューハイを、好きなつまみと週末に楽しんでいた。

最近は少しの量でも翌日に頭が痛くなることが多くなったので、もうやめてもいいかな、とスーパーに行っても、お酒コーナーには立ち寄らなくなったところだったのだが…。

自分が50歳になると、一人娘が20歳になった。

彼女が初めて選んだお酒は、私がよく飲んでいた、女性向きの甘い缶チューハイだった。
バイト帰りにコンビニで毎回違ったフレーバーを買って帰るのが楽しみになったらしく、

「これ美味しいで、一口飲む?」

と、缶を差し出してくるようになった。
娘は深夜に自室で飲んでいることが多かった。
朝、キッチンには、毎回違ったラベルの空き缶が水洗いされて置かれていたのだが、数か月経つと、ストロング系の500mlの空き缶を目にするようになる。
わりとイケるクチなのかな?
亡き夫もそれほど酒に強くはなかったけどな、と思いながら、コーヒーも苦いと言っていた彼女の成長を感じた。

ある日、娘と食材の買い出しに来た大型スーパーで、久しぶりにお酒コーナーに立ち寄ってみた。
自分が飲んでいた時より、さらにバラエティ豊かな缶チューハイや缶ビールが並んでいて、二人の好奇心をくすぐる。

「わー、この味飲んだことないわ」
「見て!期間限定やって!」

などと、鮮やかな色彩のラベルで埋め尽くされた陳列棚の前で興奮する二人。

「お母さんはこれ、アンタはこれな!」

と、それぞれ違う種類を買い物かごに入れた。

その夜は、キムチ鍋。
自分が選んだ缶チューハイをグラスに注ぎ、久しぶりのアルコールに若干の不安を感じながら一口含んだ。
口当たりの良いフルーティな味は、キムチの辛さを中和してくれる。
娘がこちらのグラスをじっと見るので、「一口飲む?」と缶の方を渡す。
「これもいけるな!」と嬉しそうだ。

それからは、娘と競うように、期間限定品やちょっと高めのビールを選んでは「一口飲む?」と言い合うようになった。

よく、男親が成人した息子と酒を酌み交わすのを楽しみにする、という話を聞くが、女親だって、娘と一緒に、洋服を選ぶかのように、カラフルなデザインの缶チューハイを選んで晩酌するのも悪くない。いや、なかなかいい。

娘が小学生の時に夫に先立たれ、なんとか二十歳になるまでは、と無我夢中で育ててきた。そして親の役目を果たし、やれやれ、という時を迎えて、想定外なご褒美をもらったようだ。

4月には彼女は就職で自分の元を離れる。
一人になると、もう酒を飲む楽しみはなくなるかな?
いや、でもたまに返ってきたときには、また新作の缶チューハイを味見し合いたい。

「一口のむ?」

社会人になった彼女と一口飲み合いっこをできることを楽しみに、今日もスーパーの酒コーナーを探索してみよう。

#いい時間とお酒

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?