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シャンソンを聴いた日

お店の常連様の中で歌を歌う方が沢山いらっしゃる。

元々歌っていた方や今も現役で歌い続けている方などなど。

私はカラオケでしか歌ったことが無く、人前で歌ったのは中学生のころの合唱コンクールくらいだ。

だから舞台で悠然と歌う人たちに憧れを抱いている。

そんな人たちに出会うとどうしても彼・彼女たちが活躍している姿が見たくて仕方なくて懇願するようにライブの日取りを教えてもらう。


1販売スタッフがお客様と親密な交流を持つのはいかがなものか、と会社に思われているかもしれないが、1個人の好奇心には勝てないのである。


その歌手たちの中でシャンソンを歌われる私より年上の女性がいる。


背は高く、線は細く。


儚くも見え強くも見え、照れたように笑うのが少女のようで美しい人だ。


シャンソンについて語る彼女は熱意に溢れていて、細かいところまで鮮明に教えてくれる。
歌の成り立ちや背景からシャンソンの歴史まで。
その深くて優しい声で穏やかに話してくれるからいつも私は幼子のように「うんうん」と頷きながら聞かせてもらう。

とても博識で歌を大切に、シャンソンを大切に想っているのが伝わる彼女の言葉はうっとりしてしまう。
だが、彼女に言わせるとシャンソン界というのは随分年齢層が高いらしく彼女でさえまだヨチヨチ歩きの子供に見られるという。と言う事は私は…と呟けば「受精卵だね、まだ」と言われた。

そうか、受精卵か…。
とりあえずこの世に生を受けていてよかった。

彼女に会うまでシャンソンは歌用語の何らかの略語かと思っていた。
それくらい何も知らなかった私なのだから受精卵でも問題ないか。


そんな受精卵は本日やっと人生初のシャンソンを聴きに行ったわけだ。


シャンソンって煌びやかなイメージがあって私なりの煌びやかなファッションでお邪魔した。
黒のマーメードスカートをヒラヒラさせながらキラキラのサンダル履いて梅田の街へ繰り出す。

身なりはいつも通りでいいよ、と言われていたけど、わたしなりのデビューである。
いつもカジュアルスタイルの私にとって今日のファッションは大満足。

そうそう、お化粧だって丁寧にやってやった。

こんなにお化粧って楽しいっけ、とウキウキしながら同僚に褒めてもらった大粒ラメを瞼に乗せる。

「熱帯魚みたいにキラキラして綺麗!」そう言ってくれたのが嬉しくて嬉しくて。その言葉を何度も反芻しながらお化粧を楽しんだ。


そのおかげか、せいか、会場のbarに着く直前おじさまに声をかけられた。


「どこの店?今から出勤?」
「…?」



どうやら出勤前のキャバ嬢に間違えられたらしい。
そこまで化粧濃くないけど…。でもキャバ嬢って言えば夜の蝶。
そんな美しいものに間違えられるなんて光栄だ、と言えば「別嬪さん、別嬪さん」と褒められて何故かお茶もらった。冷たくてさっき買ったばかりのようだった。

「パチンコで勝ったから」
「それはそれは…。おめでとうございます」


おこぼれにあずかった私は、その後しつこく終わりの時間を聞かれたが接客応対術を発揮してニコニコとその場を去った。

美しいって言われて声をかけられるって本当にありがたいこと。

私の席は真ん中で彼女が真っ直ぐ見られる位置だった。


背の大きい彼女は舞台でよくよくよくよく映えた。
長い腕が大きな手が、なんとも美しかった。


彼女が歌うとその歌のイメージが背景に見えるようで。

どうして私は絵が描けないんだろう…。って強く思った。


どうして私この景色をかけないんだろう。描けたら絶対楽しいのに。


パリの風景って私は見たことないけれど、私のイメージの中の彼女と世界を描きたいって心の底から思った。


彼女の歌は上手いなんてどころじゃない。
そんな次元の話じゃない。

世界が広がっていく感じがして、知らない世界なのに彼女の歌で分かるような。うん、異世界だった。
異世界転生してた、私。


彼女のMCはその歌の成り立ちや想いを教えてくれるからこちらもその気になって聞くことが出来る。
彼女が大切にしている部分を一緒に大切にしながら聞くことが出来る。


ピアノとギターが入っていたが、それだけの楽器で奏でられているなんて思えないくらいの重量のメロディに圧倒されて、彼女の歌にドキドキして。


1部の最後の曲「愛の讃歌」で、涙が零れた。


飛行機事故で亡くした恋人への執念の愛を歌った歌、MCで彼女はそう言っていた。

この歌は今私が書いている戯曲の詰まりを取ってくれた。

その感動とシャンソンというものへの感動でポロリと来た。


私は基本的に涙を隠さない。


マスクもしていたし、辺りも暗い。
だから、微動だにせず泣いた。

鼻水啜ったら流石に心配されると思ったからそこは上手くやった。



2部では反戦歌が多く、時代や国は違えど同じ思いを抱いて生きて生かされている事実に感謝の念が溢れた。


アンコールはノリノリの曲で手拍子が始まる。
私も手拍子!

だが、私は聞くこととリズムを取ることが同時に出来ないのか段々と調子が合わなくなってくる。ダンスできない弊害がこんなところにもあらわれるなんて…。
ともあれ、楽しければオールOK!
合わなくなったら一旦やめて歌を聞いて、また始めて、ほんで調子狂ってってのを繰り返していた。
とっても楽しい。

彼女の歌声と体幹が鬼ほど強いであろうピアニスト(演奏中体幹が全くブレずにいたように私には見えた)の演奏とザ・バンドマンの中でもセンスある人のオーラ半端ないギタリストの演奏…。

プロが集まると安定感と世界観が生まれるんだなって勉強になった夜だった。

ちなみに、彼女といつも一緒にご来店される男性の方がいらっしゃるのだが、彼もバンドを組んでいる。
この方のライブにお邪魔した時も思ったけど、表現するという事がいかに楽しいかこの人たちを見ていると分かってしまう。

私も、何かを生み出してそれを発表したい。
それが誰かの勇気に、楽しさに変われば何よりも嬉しい。

そんなことを噛みしめながら、まだまだ言い訳ばかりして重い腰をあげない執筆活動を少しでもやろうとこの記事を書いている。


言葉を扱う私が出来ること、物語を書くこと。


作詞とかやったことないし習ったことも無いけれど、彼女の歌の様に短いセンテンスで想いを乗せることが出来るようになればどれだけ私の世界が広がるだろう。


そんな事考えながら私は夜の梅田を後にした。

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