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[AOF] 第一話 風の吹く大地に立つ二人 

第一話 風の吹く大地に立つ二人
 
 
コロニーには季節が無く。生活空間は暑くもないし、寒くもないから風が吹くこともない。セクションに応じて適切な温度管理がなされていた。だから仕事で風の吹く大地に立つのはある種の苦痛でもあるが、同時に生きていることを実感する快感でもある。そして今はとにかく暑い。自然の暑さは身に応える。サウナみたいなものだと思うのは気休めに過ぎない。
ようやく見つけた惑星No.122・・・。人類は地球という住処を捨てて数千年を経てもなお、発見できた住める星はまだこれだけだ。
そのNo.122の星を探索し、開発するのは開発公社の仕事である。
そして、その担当者は開発公社企画課所属のトール・バミューダと市の担当者、産業建設課のエル・コンキスタだ。
その担当者二人は風の吹く大地に立っていた。
 
 ☆☆☆
 
数か月前 開発公社。
「この砂漠ばかりの星を開拓するだって? 馬鹿を言うな! 小役人!」
電話口で怒鳴り散らすのは開発公社の担当者のトール。
『すみません。ですが・・・これは評議員の意向でもありまして・・・開発することが決まっているのです。』
「小役人! 貴様! 評議員が死ねと言ったら死ぬのか? 馬鹿なのか!」
『ですが・・・こちらの調査では人が住めるという結果が・・・』
「うるせー。こっちは何年もこの仕事をしてるんだよ。これは経験上無理だ! ふざけるな! 他の星にしろよ!」
トールは電話を叩ききった。種々の数値は人間が住める星だがただ単に行きたくなかっただけで怒ってしまった。
「おい。トール・・・あんまり市役所の職員をいじめるな。」
「人類(俺)の生死と未来がかかってるんだ! 黙れ! じじい!」
「ちょっと裏で話そうか・・・。」
上司が横柄な態度のトールを注意した。
「俺に向ってじじいはないだろ。じじいは。」
「え、怒るとこそこですか?」
惑星探査・・・特に人が住む星となると、責任と自分の命もかかっている。
理由・・・生き物が住める星という事は当然、生き物が住んでいるのだ。未知の細菌や猛獣、地球と同じような進化を辿っていれば恐竜がいたり、宇宙人や先住民もいるかも知れない。ちょっと過酷な方がちょうどいいという説もある。
トールは見たことが無いが火を噴くやつもいるかも知れないし、寄生して腹を食い破ってくるような恐ろしいやつもいるかも知れないというより、それらは実際いた。経験で知っている。
トールは本音を言えば正直なところ『どこにも』行きたくないのだ。
 緑地のある星で緑地に降り立ったときは秒で死んでしまった経験もある。
 トールはクローン人間で、その土地で何が起きたか、脳に埋め込まれた電子チップで死ぬ度にデータが回収されて新たなトールが生まれるのだ。
実際、何度となく危険な目に遭い死亡することを繰り返してきた。つまり、探査は悉く失敗だったということだ。そういう記憶が引き継がれているので時々寝ているときにうなされることもある。
 しかし、他に仕事が無く、高給取りのこの仕事を辞めてしまうということは人生を捨てることにもつながってしまというより、遺伝子レベルで探査に向うことが決められているのだ。
 自治体は常にエネルギーを消費し続けているため、早く定住できる星を見つけなければならない。惑星探査には莫大な費用が掛かるが、それは致し方ないことでもある。この仕事をしているからこそトールは増税には賛成だった。
 何故なら増税があれば多少なりとも探査生活はマシになるだろうと踏んでいたからだ。
 
数か月前 市役所。
 
「コンキスタ君。どうした? 泣いているのか?」
「開発公社のトール・バミューダさんがこの星は無理だって・・・。意地悪を言うのです。」
 誰だって電話口で怒鳴られれば気分のいいものでは無いし、罵声を浴びせられれば傷もつく。
「ちょっと砂漠が多いくらい何だって言うんですかね? あいつ。」
「ん? No.123は砂漠が多いのかい?」
「課長・・・No.123は、三十年前に人を送り込んだけれどとても過酷な環境で駄目だったじゃないですか。そこではなく、No.122です。No.122は良い線言っていたけれど、保留されていた星です。それ以上の環境下の星は無いのです。酸素の濃度ほか、大気中の空気も重力値も人間が住むのに許容範囲内で丁度よく、大気中の毒素も放射線も人間が住めるレベルです。こんな奇跡的な星は探してもなかなか見つかるものではないはずです。」
 エル・コンキスタは何千項目にも及ぶ人が住める星の条件から合致する星へ探査衛星を送り出す仕事をし、丁寧に一つ一つ調べ、ようやくこのNo.122を発見した。
 ここで他の自治体にこの星を奪われる前に取らなければ、さらに悠久の時を宇宙船はさまよい、いずれこの宇宙船の乗組員は滅んでしまう。
 人々は少しずつ進化して、より多くの放射線にも耐え、毒素にも耐える身体へと進化している。砂漠がちょっと多いくらいの理由で、恐竜やモンスターがいたり、ましてトール・バミューダという意地悪な屑に罵られたからと言って、人類の未来を放棄することはエル・コンキスタにはできなかった。
「う~ん。砂漠はともかくだ。モンスターはまずくないかな?」
「大丈夫。ぶっ殺せば良いんです。」
 上司の質問にエル・コンキスタはまっすぐに前向きにそう答えた。
「しかし・・・トール・バミューダにその根性があるかどうか・・・実際の探査をする彼の身になって考えたらモンスターがいる星なんて行きたくないと思うのが普通だと思うよ。」
「何を言っておる! モンスターなど狩れば良いんじゃ!」
 評議員のアベル・コンキスタがエルと同じことを言いながら話に割って入った。
 大柄で筋肉質、それでいて理知的な目をした銀髪の男、ここが古代中国だったら間違いなく将軍だったに違いない出で立ちだ。スーツに身を包み、胸に評議員を証明する徽章をつけているが似合わぬほどにこの宇宙にあって野性的な男。アベル・コンキスタだ。
「ひ!・・・アベル様・・・。」
 エルの上司が怯み、畏れてしまうような存在感だ。
「コンキスタ評議員・・・こちらには何か御用がおありですか?」
 エルは他人行儀にそう聞いた。公私は分けて考えるというポリシーがあるからだ。
「なかなか開拓が進んでおらんようではないか。産業建設課長よ。」
「え? ああ・・・いや・・・その・・・。」
 誤魔化そうとしている。
「例の星の探査はどこまで進んでいるのだ? 莫大な経費をかけているのにこのまま何の成果も無いとまずいことになるぞ。分かっているのか?」
「もちろん存じております。今、エルさん・・・いやお嬢様が調査なさっている星No.123へ開発公社の者を送り込む手配をしております。」
「あの・・・課長No.123ではなくNo.122です・・・。」
 小さい声でエルが訂正した。
「そうか・・・いよいよ人を送り込むか・・・ようやくここまで来たか・・・。エルよ。良くやったな。」
 アベルがそう自分の娘を褒めながら頭をなでようとした時、エルは触るなと言わんばかりにその手を振り払った。
「ふ・・・大人になったなあ。エル。」ちょっとだけ寂しそうなアベルであった。
「職場では公私を分けていただかないと困ります。」
 エルがアベルを睨みつけている。
「それにしてもいよいよ旅立つときが来たという事だな。エル・コンキスタ。」
 腕を組み涙ぐみながらアベルはそう言い出した。
「お父さ・・・コンキスタ評議員それはどういう意味ですか?」
 
「お前の小さい頃からの夢を叶える時だ。」
 
 ☆☆☆
 
 これは今、エルが行き倒れている。ここNo.122での事だ。
 酸素濃度や大気に含まれる毒素は許容値だ。
 しかし重力は1.05G、単純に体重がプラス5%になる重力でこの星の一日は約四十八時間つまり通常の人間の一日の活動時間の二倍だ。トールはエルの体重などの個人情報は知らないが、痩せていようが太っていようが関係ないことは確かだ。
 エルは自分が来ることは想定していなかったらしい。
 つまり疲れているから倒れたのだ。
「おい! 起きろ! 移動するぞ!」
 しばえらく寝かせた後、声を荒げてトールはエルを起こした。
 乗ってきた宇宙船は必要最小限の荷物で、ミッションに必要な物資や人材はこれから送られてくる事になっている。
 トールとエルは打ち合わせなどで何度か顔を合わせてはいるが共同で生活するなどの訓練は受けていないため、お互いの素性や細かいところまでは理解していないほぼ他人の間柄だった。
 エルにしてみれば事あるごとに電話口で怒鳴られて傷つけられる嫌な奴くらいの印象。
 トールにとっては仕事とは言え自分をこんな辺境へと追いやる小役人でちょっと美人だけど嫌な女くらいの印象だ。
 本来であればお互いを信用し信頼が無ければこの仕事は成り立たない。
 トールはエルがここにいるという事で自分が自治体政府からも信用されていないという印象を受けた。・・・監視役か・・・。くらいの印象である。
「すみません。バミューダさん。」
 一日、四十八時間・・・。簡単に言えば昼の長さが一日、夜の長さも一日である。この行動時間の長さと重力1.05Gの環境はたった二十四時間で一週間分の労働を絶え間なく続けたようだとエルは感じた。
 しかし、必要な物資、特に当面の水と食料は現在の地点から十キロメートル先に降下されている。これは行政が二人にその場に留まらず少しでも探索させるためのミッションでもあり、万が一物資が二人に衝突するという危険を避ける為でもある。
 トールは逆関節式二足歩行型トラクター『シュナイダー』に乗り、パチンコの景品の紙袋に入った菓子を食べているので多少疲れていないが、エルは徒歩で移動しなければならない。シュナイダーの歩き方はダチョウと同じで見た目もそれに近い。大きさは全高5m、全長2mだ。速さも簡単に言って速い。
 時々、トールは菓子を嫌々分けてくれるが、エルにとっては屈辱でしかなかった。菓子はトールの私物で、食料は一週間分しか用意されていない。だが、十キロメートル進めば一月分の食料がある。
 二人のミッションはまず水と食料など物資が落ちた場所へ向かいつつ、先遣隊百人の着陸地点を探して宇宙船に着陸地点のビーコンを送るのだ。
 ・・・こんなひょろい男に負けてたまるか。私は評議員の娘にして偉大な開拓者・・・、冒険者たちの血・・・コンキスタ家を受け継ぐ者なのだから・・・。
 そう心の中で呟いては重たい脚を前に進めた。
 この重力では服ですら重い。そのため薄着をしているが、何より重たい二丁の銃はコンキスタ家の誇り。腰につけたホルスターにしまっている。
 ・・・今は歯を食いしばってひたすら歩くしかない。
 二人ともそう思っていた。
「しっかりしろよ。小役人! 昼中には物資に辿り着くぞ!」
「はい!」
 今は素直に聞いているが、今に見ていろと思うエルだった。
 
☆☆☆
 
 昼間、エルが頑張って歩いたため、物資に辿り着いた。
 当面の水と食料、ろ過装置を手に入れたのでこれでこの地の水も飲むことが出来る。
 ・・・だが不安だ。
 トールはそう思ったが口には出さない。
拾い集めた枯れ木と持って来た菓子類の包装のゴミで作ったたき火のそばで、疲れて眠っているエルに、トールはシュナイダーの中にしまってあった毛布を取り出してかけた。 
 そんな優しさも見せる。
 重力はたったの5%増しだが、機械に乗っていても激しく疲労させる。凄まじい肩コリと頭痛にトールは悩まされた。
十キロ・・・たった十キロだが到着するまでに歩いた時間としては八時間も費やした。エルが眠って休んだりもしたので二時間の休憩をして十時間かかった。
何度となく倒れそうなエルを、トールは見捨てなかった。
 ・・・危なかった。まさか荷物を開けるパスワードがエルの生体反応だったとは・・・。
 エルを見捨てると物資が手に入らないため、自分も死ぬのだから必然的にトールはエルを助ける義務が生じるのだ。
 この星で死んだ場合、母船にシュナイダーの記憶が送られ新しいトールのクローンが作られ、記憶が移植されるようにできている。
 トールはエルにシュナイダーのトランクに乗ることを何度か進めたがエルはそれを拒否した。やんわりと断られた。
 自分を荷物と一緒にするなという強い意志を柔らかい言葉で言われた。
 返ってそれがこの星での生き方として正解だったのだろう。
 この星を自分の足で歩いたほうが早く順応できる。トールは肩こりと頭痛に苦しんでいるがエルは気持ちよさそうにぐっすりと眠っている。
 ・・・その違いが出たな。
 トールは頭痛薬と睡眠薬を飲んでようやく眠れた。
 
 トールが眠っている間に、エルは起きて届いた食料を調理した。
 レトルト食品なので調理と言っても温めるだけではあるが、普段の食事もあまり生の物というのは宇宙船内では手に入らない。
 しかし、裕福なエルの家柄では生の食料が手に入るのでエルは調理も得意だ。
 よく手作りの菓子などを職場に差し入れることもあった。
 食事を温めて用意するのは、トールが寝ているエルに毛布をかけたことに対する礼のつもりだ。この男に借りは作りたくなかった。
「よく、男女二人でこんな辺鄙なところに行くことを父は許したものよね・・・。」
 エルはそう呟いた。
 その点には何かしら裏があると思うエルだった。
 正直なところ、エルは自分のプロポーションには自信があり、それは自他ともに認める。
 人は、美人で可愛らしいエルには誰だって甘くなりそうなもの、しかしトールは厳しく当たるし怒鳴る。
 ・・・おやじにもぶたれたことは無いのに・・・。
 そんな昔の古典アニメのセリフを思い出す。
 トールはエルに対し欲情しないのだろうか・・・。それも何だか悔しいエルだった。
 そんなことを考えながら火を強くしたとき、エルは視線を感じた。
 ホルスターに手を伸ばし、銃を抜く。
 一瞬、エルの身体に悪寒が走った。
 二丁拳銃にはそれぞれに特徴があった。左手に持った銃『虎』は衝撃波を発射して敵に衝撃を与えて吹き飛ばすタイプで、出力を抑えて生物を生け捕りにもでき、高出力では対象を破壊することもできる。右手に持った銃『火竜』は熱線を飛ばすタイプで、低出力で火を起こしたり、高出力で対象を熱で切ることも出来るレーザー銃だ。
・・・獣がいる・・・。
 夜行性の獣・・・見た目で分かる肉食性・・・。体長は約三メートルと巨体だ。
 エルは少し離れていたので慌ててトールに石を投げつけて起こした。
「何だ!」
 そんな風に怒っているトールより怒り猛る猛獣は二人のうちどちらかを狙うか迷うような素振りを見せている。
 牙を持ち、四足でしなやかに歩く黄色と黒の迷彩柄の獣・・・虎と明らかに違うのは目が四つもあるという事だ。
「俺に任せて逃げろ!」
 トールはそういうと火のついた薪を拾って猛獣に向かって投げた。
 獣は火を恐れる・・・そんな地球の常識は通用しなかった。
 確かに一瞬、怯んだが獣は勇気がある生物だったようだ。怒りの表情をトールに向け今にも襲い掛かろうとしている。
 大きく吠え、トールを威嚇し、飛びかかり、一瞬のうちにトールを押さえつけた。
 獣が牙を突き立てて齧りつこうとした瞬間。
 エルは引き金を引いた。
 脇腹に衝撃波を喰らった獣の身体がくの字に折れ曲がって大地に転がる。
「こんなところで死んでどうするんですか!」
「すまない・・・助かった。」
 獣は死んでいないのか、起き上がってさらに襲い掛かろうとしている。
 しかし、エルは今までになく生き生きとしている。
 エルは襲い掛かる獣の顔面に衝撃波をさらに撃ち込み、牙を折る。
 獣が立ち上がり、襲い掛かろうとするが、その度にエルは衝撃波を撃ち込み、さすがの獣も学習したのかその場から立ち去った。
「怖い女だ・・・。」
「は?」
 トールは傷ついて立ち去って行く獣を目で追いながらそんな風に思ったことをそのまま口に出してしまっていた。その後の『は?』にトールはエルの苛立ちを感じた。
 
                                      ☆彡

予告
性格が対照的な二人は砂漠に着陸しミッションをスタートした。
厭世的なトールと楽観的なエル。二人を待ち受ける運命はいかに!

次回
第二話 ミッション①~水を手に入れろ!

全文はこちらから三話までは無料です。


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