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[AOF No.122] プロローグ

 この世界には、町があって人が住み、木々が広がる森や清らかな水が流れる川、活気ある市場や退廃的な賭け事をするための遊技場、人々がレジャーを楽しむビーチやプールもあった。
 働く人や、休日を満喫する人の賑やかな声、明るい音楽もそこかしこで流れている。
 ただ、世界を照らすのは陽射しではなくただの照明だ。
 密閉された宇宙船。それがこの町。世界の正体。宇宙船の中に広がる空間・・・あるいは移動するコロ二ー。それだけが人々の住む世界だった。
 
開発公社にて。
 古びたコンクリートでできているように見える建物の中、憂鬱そうな顔をした男が一人、遊技場で交換した甘そうな菓子を食している。
「トール・・・お前またパチンコに行ったのか・・・仕事中なのに。」
 トールは目つきの悪い男で、中肉中背で少し筋肉質な男だった。細マッチョという言葉が彼には会っている。黒髪の彼の髪型は、普通だ。
上司と見られる男が呆れたようにそう言った。
「良いじゃないですか課長・・・行ったって。だってもうすぐ俺はそういうのとはかけ離れた生活を送らないといけないんですよね。仕事で。」
 憂鬱そうに男は上司にそう答えた。
「嫌なら辞めちまえ馬鹿野郎。とにかくだ。あっちへ行くまでには溜まった事務仕事は残すなよ。」
「もう終わってますよ。引き継ぎも済ませました。」
「生意気な野郎だな。」
 とは言え、男は優秀だったのでそういう口の訊き方でも許されるところはあった。
「トール・・・お前は優秀な事務員だった。本当に・・・本当に残念だ。」
 そう悲しそうなセリフだが上司は笑っている。
 
市役所にて。
 新築された巨大な施設、船内で一番大きい建物。
 光が差し込む窓が多く、曲面が多用された立派な施設だ。
 そこは市民七万人の政治や行政の中枢となる重要な場所だ。
 産業建設課は一階の隅、税務課の横にデスクがいくつか置いてある。
 ここは特にこの自治体における人類存亡をかけた重要な案件が事務処理されるところだ。
 税務よりも重要な仕事、産業建設課だ。
「コンキスタくん。」
「はい。課長! お呼びでしょうか?」
 元気に返事をした彼女はプラチナブロンドの髪をゆらしながら、回転する椅子を蹴って上司の方を向いた。彼女は男を惚れさせてしまうナイスバディな女性だ。
 性格は天真爛漫で楽観的、顔つきは目鼻顔立ちはっきりしていて、グラビアアイドルみたいな子だった。ただし、すごくモテそうなのに、権力を持っている父親が怖いのか結婚相手も付き合おうとする人が誰もいない。
「すまんが十時だ。お茶を淹れてくれないか。」
「はい! 喜んで!」
 さっと立ち上がると給湯室に向かって彼女は広い庁舎を走って行く。
「とてもあの評議員の娘とは思えんな・・・。」
「課長・・・それはどういう意味で?」
 新人職員が上司にそう声をかけた。
「あの子は上級試験に合格したエリートキャリア官僚にして評議員のコンキスタの娘。最後は親のコネでこの市役所職員になったのだが、よく私のいう事を素直に聞いて真面目に働いてくれる。それに可愛い。」
 コンキスタと呼ばれた彼女は評議員、アベル・コンキスタの娘、エル・コンキスタだ。
「ああ・・・コンキスタ先生の娘さんですか?」
「おう。そうだよ。新人。」
「増税したのに俺たちの給料を減らしたあの悪名高いコンキスタの娘か。」
 新人はそう憎まれ口を叩いた。
「おいおい。市役所職員が自分たちのトップの悪口を言うもんじゃないぞ。怖いお父様にしばかれるぞ。」
 上司が新人をそう注意した。
 雑談をしているとすぐに彼女は戻ってきた。
「はい。みなさんにお茶をお持ちしましたよ。私が自宅で作ったお茶菓子も一緒にどうぞ。」
 エル・コンキスタ・・・彼女と彼女の淹れるお茶とお菓子は産業建設課の潤滑油のような温かい存在だった。
「本当にできた娘だ・・・。」
 
☆彡
 


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