推しのことが好きすぎて苦しい!という名のぼやき


推しのことが好きすぎて苦しい。
という言葉を、思いを、私はいつも歯軋りするほど噛み締めています。

私の推しは天才お笑い芸人です。
彼らの周りの人々、メディア、ファン、みんな口を揃えて、「天才!」って言います。
実際、天才なんだと思います。
面白さはピカイチ!
ネタ数も、ピカイチ!
天然ストイック!
いつまでも変わらないビジュアル!
人間的に素敵!

彼らは、目の前に現れた面白いものごとにはどんどん手を出していきます。
海外進出や、その先まで目指しています。
そして、それをメディアの前でしっかりと言葉にするのです。

日々の活動をこなしながら、様々な方向に手を伸ばしていく彼らを見た人達は、
「そんなにやって忙しくないのか」
「大変じゃないのか」
「つらくないのか」
という言葉をこぼすことがあります。

でも彼らは涼しげに笑いながら
「楽しく生きるために、お笑いをやっている」
「楽しいからやってるわけで、苦になってたらやめてますよ」
と、言いきります。

私はそんな彼らに出会えて、ちゃんと好きになれて、今推せていることを本当に嬉しく思っています。
でも時々、生き方やお笑いに関して天才すぎる彼らが眩しくて重くて、苦しくなることがあります。

例えば、推しのエピソード濃いめな生配信。
推しのインタビュー記事。
推しが書いた小説。
推しの記者会見。

推しの「生き様」がちらっと見えた時、しんどくなります。
推しの片方は小説を出しているのですが、それを読むのが怖くて怖くてなかなか購入できませんでした。
それを読んだら、(私の中の)彼が崩れてしまうのではないか。
ネタで純粋に笑うことができなくなるのではないか、と。

また、彼は月に一度ファンクラブ特典として文章を投稿してくれるのですが、それを読むのもまたしんどいのです。
決して難しい言葉や表現を使っているわけではなく、彼が感じたこと・考えたことをフランクに述べている文章。だからなのでしょうか、その文章はストレートに心を突き刺してきます。一度読んで、頭を抱えて、もう一度読もうとするには時間がかかるような……彼の考え方に触れるのが怖いのです。

メディアに、同期に、後輩に、先輩に、「天才」と褒め称えられて尊敬されている推しの姿。
たくさんのファンに、「天才」と褒め称えられて愛されている推しの姿。
垣間見える生活が、愛と幸せに溢れている姿。

自分との差を感じて。推しの輝きが、自分の粗さや醜さを照らしてしっかり見えるようにしてくるような……
推しが輝く姿をずっと応援していたいのに、目を背けたくなる自分がいること。
自分と推しが全然違う世界を歩いていることは理解しているはずなのに、どうしてこうやって比べてしまうんだろう。
私と推しは何が違ったんだろう。
私は面白くないファンなので、彼らのネタを分析する力も頭も無いし、素敵な感想をしたためることもできない。
面白くて天才な推しを推しているのに、面白いことが言えないファンな私。
ただ「好きだー」「面白いよー」と言いながら応援しているだけ。
こんな私が彼らを応援していて良いのかわからない。


自分の自信のなさを推しのせいにしているのかもしれない。
書きながら気付いてしまったのですが、これが根っこの嫌〜な部分なのかもしれません。
めちゃくちゃ嫌じゃん!
推しを純に好きでいるには、自分への自信もそれなりに必要らしいです。

こんなことをぼやいていても、全然意味ないのですが……根っこの部分に気付けてちょっとスッキリしてきました。
今日も元気に推しを応援し続けるのみです。
ときに空を見上げてみながら。ときに色とりどりの車を眺めながら。
たまに自信を無くしても、体を向けて見れなくなっても、それでも推していたいんです。きっと。じゃなければとっくに離れています。私のことなので。

「近所の気さくなお兄ちゃん」みたいな雰囲気をまとっているくせに、ずっとずっと遠くにいる推し。
私は貴方達が好きすぎて苦しい。

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