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第18話:生きる目的

 昔の偉い人たちは、生きる目的を色々と考えた。
 何故人は生きるのか。それを探し求めるためだという人もいる。誰かの役に立つためだと言う人もいる。未来に生命をつなげるためだと言う人もいる。それぞれの人が、自分でしっくりくる意味を見つけて信じることは良いと思う。
 ただ、しのぶは日々ぶっこちゃんを見ていて思う。何かのために生きるのではなく、生きることそのものが目的なのではないかと。
 ぶっこちゃんを見て、人間を思う。
 人は、ただ生きている。その先に目的など無い。
 目的があるから生きられると言う人もいるだろうが、それは少し違う。生きるために必要なのは目的ではなく、希望なのだ。それは、生まれ落ちた瞬間から死の間際まで変わらない。
 死ぬ直前の人に目的などない。だが、ほんの一瞬の命であっても希望はあるのだ。最後の最後まで、希望の光は残っている。希望がなくなったその時に、死がやってくる。
 ぶっこちゃんは今日も、目的を持たずに庭に出てきた。庭を出た瞬間に陽の光を浴びて気持ち良さに感動するかもしれないが、それは単なる結果であって、玄関を出るその瞬間までそうなることを期待して行くのでは決してなく、ぶっこちゃんはいつもランダムに行動する。
 しのぶは洗濯物を干していた。もちろん、秋の爽やかな日差しで洗濯物を気持ち良く乾かそうという目的を持って。
 杖を持たずに出てきたぶっこちゃんを見て、しのぶはアウトドア用の椅子をぶっこちゃんの前に持ってきてやった。
 ぶっこちゃんはその椅子を見て、反射的に座る。そして反射的に、喋り出す。
「ええ天気やな。もったいないくらいええ天気やな。ちょっとくらい明日にまわしたらええのに」
 うまいこと言ってやろうというような目的は一切無く、すました表情を浮かべている。日差しはぶっこちゃんの艶やかな頬をいっそう輝かせている。
 ぶっこちゃんは、認知症の仮面を被った天才かと、しのぶはまじまじと彼女の頬を眺めた。
 庭からは、通行人が行き交う姿を観察できる。ぶっこちゃんは、そうした人たちを見ているのも好きらしく、目で追っている。何に興味して見ているのかは分からない。
 が、またふいに喋り出す。
「朝から買い物して帰ってきはんで。朝からでも、堂々と」
 もう、こうなったら笑いが止まらない。
「堂々としてはったんや。そうなんや。ははははは」
 ぶっこちゃんはやはり、きょとんとしている。何がおかしいのか分からない様子だが、しのぶが笑うので一緒に笑い出した。
「ははははは。祭り祭り言うて、待つのが祭りやなぁ」
 いや、それはよくわからない。とにかく楽しそうなので、良しとしよう。

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