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第八話:ハト

 ぶっこちゃんの家はぶっこちゃんの父亀太郎が昭和初期に建てた立派な木造屋敷で、平屋だが広く部屋数も多い。屋根は瓦葺きで土間には換気用の越屋根式天窓があった。
 あった、と過去形で言うのは、今は室内をリフォームしており昔の土間はキッチンに、越屋根はメンテナンスに手間がかかるので取り外してしまって採光のためのすりガラスになっている。
 ぶっこちゃんが十歳のときにこの家が建てられ、以来八十年住んでいる。この家は、ぶっこちゃんの人生そのものと言えよう。内面は全てリフォームしたとはいえ、その空間自体は同じである。同じ壁に囲まれた空間に、ぶっこちゃんは笑い、喜び、泣いて、怒って、生きてきたんだ。
 南向きの広い玄関を入るとまず目に飛び込んでくるのは大きなソファである。以前は木目の美しい衝立を立てていたのだけれども、ぶっこちゃんの夫、満が生前その衝立に躓いて転んで騒動になったことがあり、それ以降その衝立を撤去して何故かソファが置かれた。玄関入ってすぐにソファなんて聞いたことないよと笑っていたら
「家に帰ってきてすぐに座れるやろう」
と当時のぶっこちゃんが嬉しそうに言った。
「出かける前にも座ってまいそうや」
 しのぶが言ったら
「それも一興」
 ですって。なんのこっちゃ。
 そんな少し昔を想起しながら、今も同じ場所にあるソファに深く座るぶっこちゃんを眺める。
 梅雨も過ぎ、暖かくなってきたが、ぶっこちゃんは毛糸のストールを巻いてもこもこしている。自分で服装をうまく調節できないらしいので、ベッドサイドに毎朝着る服をしのぶが準備しておくのだが、物足りないのか時折押し入れから首巻きの類を出してきて体に巻き付けている。
「今日は暑いな」
 なんて言っているので、寒いわけでもないらしく、手が勝手に、遊びたがるらしい。
 天気が良いので、ぶっこちゃんの正面の玄関の引き戸を開放した。暖かな日差しが一瞬差し込み、すぐに目が慣れて外の景色が映る。と、そこにハトと目が合う。
「ぶっこちゃん、ハトが来てよるわ」
 しのぶは話しかけてみる。
「おお」
 興味したのか、ぶっこちゃんが少し前のめりになった。
「大きくなったら何になりたい?ここの番になりたい言うて来よるわ」
 ぶっこちゃんの頭の中では様々な物語が流れているようです。

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