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the Odyssey その4

2021年9月〜10月
 前回の投稿と順序が前後するが、9月の初旬、近所に住むあだちさんと、ヨウコさんに手伝ってもらって、葦(仮)のベーシック、曲の土台となる部分を録音をした。出来たての新鮮なうちに封じ込めたかったのと、先の延期になってしまったライブ用に確保してもらっていたスケージュールも空いてしまったので、せっかくならその日に録ってしまおうと思ったからだ。すんなり生み出された曲だったので、アレンジに凝ったり、迷ったり悩んだりと、たっぷり時間をかけるよりは、早いところ完成させて、リリースまでしてしまおうと思っていた。煮込み料理よりは、手際が肝心なパスタやチャーハンみたいなイメージで。
 楽器の録音はすごく良い音で録れた。ガットギター、タンバリンとウクレレの、ごく小編成だったのだが、それぞれの音色のバランスも良く、奥行きもあり、楽器だけでもちゃんと風景が浮かんでくる音像で、ちょっと感動もした。ちなみに録音してくれたのはあだちさんで、録音、ミックス、ドラム、サックス、作曲、編曲などなどなんでもできるので、いろんな人から重宝されている。
 楽器はいい感じで録れたのだが、歌詞の細かい言い回しなどをもう少し練りたかったので、現状の歌詞で仮歌を録音した。その歌が思った以上に難しかった。ライブでは歌うそばから音が消えていき、記憶と感覚にしか残らないのでさほど気にしない、というか気持ちよく歌っていたのだが、録音してみると、地声で歌うにはうるさくなり過ぎるし、裏声で歌うには低過ぎる、メロディーの上がり下がりも大きく、喉の筋肉がついて行けてない、という感じで、歌詞が少々変わったところでリリースするにはためらわれる状態だった。キーを下げるか、歌を練習するか、メロディーを変えるか、とにかく何かを変えなければ納得のいく形にはならなさそうで、この曲にとって、大事な部分は何か、をよく考えなければいけなくなった。あだちさん、ヨウコさんは、もう少し低いキーでこの曲を聴いてみたい、と言ってくれたのだが、キーを下げるという事は、楽器の響きも音色も変わって来てしまうので、せっかく良い音で、良いテイクが録れてるのでそれは避けたかった。歌を練習するにしても、うまく歌えるまでリリースを待たなければならないし、どれくらい時間がかかるかも見当がつかない。録音直後の火照った頭では、その後の方法性はすぐには決められず、移調と、歌の練習ではない何かしらの方法、と曖昧さを残していったん保留しにした。この保留は翌年3月まで続いた。
 葦の方向性を決めるまで何もしないわけにもいかないので、他の曲に手をつけ始めることにした。10月ごろの制作ノートを見返していると、この辺りで初めて収録曲リストが作られていた。この当時は全9曲、仮タイトルと、楽器編成のアイディアと、製作費用の簡単な試算がされてある。まだ誰かに何かを依頼していたわけではないので、この試算は用意できる額ではなくて、渡したい額だったと思う。こんなに仕事してもらうんだから、これくらいは渡したいよなぁという心意気が数字から感じられる。後の話だが結局、数字は心意気に追いつかず、各方面に甘えさせてもらうことになる。もちろんいつまでもダラダラ頼らせてもらって、とは思わないが、甘えさせてもらうことで見える、世の中の仕組みというものを知った。善意の循環に組み込まれたような気がして、とても良い気分だった。その嬉しさは今でも続いている。自分も誰かに同じように頼まれたら、快く引き受けて全力を尽くそうと思う。
 ちなみに人によって曲作りの手順は色々だと思うのだが、この当時の僕は弾き語りで歌えるようになってからでないとアレンジに取り組む事ができなかった。まずは歌詞とメロディーとギターの伴奏と、曲の長さ。それらがある程度固まっていないと、パソコンの前で腕を組んでフリーズしてしまう。いきなりアレンジも平行しようとすると、ドラムパターンやベースの動き、音色は?どんなイメージ?誰かに弾いてもらう?など、考える事が急に増えすぎて、処理能力が追いつかないのだ。家を建てるときの外観のスケッチのようなもので、完成形のイメージがないまま、いきなり設計図は引けなかった。
 ちなみに人から聞いて話では、テンポ、曲の速さから作る人や、ドラムから作る人、風景を思い浮かべる人、一気に曲の全部が頭に浮かぶ人など様々あり、完成までの道のりは本当に人それぞれだと思う。ただ今回はそういう作り方になったが、自分の前にそびえている山をいろんな登山口からアタックするのは面白そうだなと思う。毎度毎度同じルートを辿っていては飽きてしまう。上から先を行く人が手を振っている。ルートが変わるたびに違う人たちに会い、自分の現在地を教えてもらう。山頂だと思って立つと、すぐ隣にもっと高い山があるかもしれない。山が高くなれば、装備も増えるし体力もいる。それはハードだろうけど、しんどさよりも退屈を避ける方が、絶対面白いと思う。


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