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the Odyssey その8

2022年1月〜2月

 僕の人生には、この人の言うことはとりあえず聞いておこうかなと思わせる人が何人かいる。そのうちのひとりから「一曲か二曲、牧野さんがギター弾かずに歌に専念する曲があったらええと思うわ」と言われて、そういえば人に弾いてほしい曲あるな、と思い出した。
 初めまして、の気持ちでギターに触るところから始めて、雰囲気のいい和音を作ったり並べたり、曲の長さやポップスのセオリーのことはなるべく考えないようにして、ゆっくりゆっくり作った曲があって、それが半年ぐらいかけて練っていた曲が完成目前まで来ていたのだが、何となく自分で弾いていても感じが出ない。自分ギターのリズムは徒歩や、馬車に乗ってるような感じで、海っぽい感じがするその曲にはあまり馴染まない気がしていた。その上複雑な和音が多く、リズムも少々トリッキーで、かつギター一本でノリが出せる人、あと大事なのが、この依頼を快く引き受けてくれそうな気のおけない関係の人、と絞っていくと、麦ちゃんに辿り着いた。
 古川麦くんは、何度も対バンしたり、一緒にライブツアーに回ったこともある音楽家の友人で、軽やかに波の上を走るようなギターを弾く人。そういえばアルバムのタイトルも「シースケープ」だったし、最近海の近くに引っ越したらしい。めっちゃ海の人やん。例のごとく長文になってしまった依頼メールを送ると、是非!と嬉しいお返事を頂けた。曲の世界観やアレンジの意図などを打ち合わせて、今回はリモート録音にする事に。曲の世界観も、離れた場所にいる二人、というのが合ってると思う。2月頭には音源が到着。あまりの良さに音源を聴きながら声を上げて笑ってしまう。その後、曲の奥行きを出すために、パーカッショニストあだち氏にウドゥを録音してもらい、ベーシックは完了。残りは歌録りのみ。
 歌に専念する曲、と言われてもう一曲、1月に歌も録ってしまったyoru(仮)に、ピアノを入れたくなった。というか、ピアノがメインでも良いかもしれない。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの上にピアノを重ねて、部分的にギターを抜く。ギターの影だけが残っている。それでいてピアノには自由に遊んでいてもらいたい、そういうピアニストは一人しか知らない。そういうわけで、西尾賢さんにお願いした。
 賢さんはGUIROで知り合ったピアニストで、ジャズ畑の人。道に迷うのが好きで、事前リハーサルがあまお好きではない(ですよね?笑)人。でも、賢さんだったらぶっつけ本番でも、むしろそのほうが本領発揮できるんじゃないかと思っている。そういうライブサポート依頼もしてみたい。お返事はすぐにご快諾頂けた。賢さん宅にピアノがあるので、今回はエンジニアあだちと録音のためにお邪魔する事に。ここにお邪魔するといつもそうだが、本来の目的よりおしゃべりのが長い。セッティングと録音は2時間ほどで終了。この時世に久しぶりに顔を合わせたこともあり、積もる話に花が咲いた。もちろん録音はため息が出るほど美しい。
 別の日に自宅でトマト(仮)のギターの重ね録り。ZOOMのG3を使う。ギターのアンプシュミレーターで、世界中のギターアンプの音が再現されている。録音されたものの音を聴き比べても、正直僕には本物とシュミレーターの違いがわからない。よく交わされる議論だが、どちらが良い音か、という議論は意味がないと思う。作りたい音楽に対して、どちらのアプローチがより向いているか、ということだと思う。
 録音も終わりが見えてきて、少しずつ精神的に落ち着いてくる。人に設定された締め切れがない仕事とはいえ、あまりに終わりが見えないと不安になる。不安になると焦るが、信頼できる協力者がいると、焦りの水準はかなり低い。本当にありがたいことだと思う。

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