「ちょっと待って」をイカします! #100日間連続投稿マラソン
今日はサトウカエデさんからいただいたお題をイカします!
「ちょっと待って」
くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡💦ピューン
ぼくは姉に、その口癖の禁止を通達した。
姉は唇を尖らせて、えー、無理。無理じゃねえぜったい禁止だ、とぼく。彼女は尖ったままうなずく。
姉はすごく臆病者だ。用心深くて、心配性で、自分の記憶とか手に残る感触とかを信じられない。くつ下は脱ぎっぱなしだし、いつも日焼け止めとリップだけだし、笑うときは大声を出すくせに、出かけるときになると家が火事になることと泥棒が入ることをおかしいくらいに怖がるのだ。
家中の窓の施錠、電子レンジとテレビのコンセント、台所と風呂場の換気扇、エアコンや電話回線や冷蔵庫の差込口にほこりが溜まっていないか、リモコンの近くに可燃物がないか(爆発すると思っているらしい)、化粧水がしっかり仕舞ってあるか(落下した衝撃で発火する可能性がないとは言い切れないらしい)、トイレ窓の格子が壊れていないか(万が一壊れていたとして、あの窓を通り抜けられる人間がいるらしい)、確認項目が山ほどある。
ぼくはずっと玄関の外で、草を引っこ抜いたりとなりの家の犬を茶化したりしながら待っている。こないだコンビニに行こうと誘われたときは、三十分も待たされて視界に白い光が飛んだ。病院に行ったら熱中症だった。
というわけで、ぼくは姉にその口癖を禁止する。
一回言うごとにぼくに千円だ。わかったわかった、と姉はリップを塗った。
夕方近くになって、姉が昼寝から起きてきた。ほっぺたにだけ日焼け止めを塗ってマスクをつけると、
「コンビニ行くけど、行く?」
「うん」
「じゃあ支度して」
ぼくは財布をポケットに突っ込んで玄関を出た。姉はいつもの通り、二階の寝室の窓から儀式を始めた。窓、OK。窓、OK。トイレ窓、OK。エアコン、OK。化粧水、OK。窓、OK。電話、OK。レンジ、OK。テレビ、OK。 OK、OK、OK。ひとつひとつ宣言する声がここまで届く。最後に玄関ホールの電気のスイッチを全部見て、鍵をふたつ閉めた。
「お待たせ」
「早いじゃん」
「でしょ」と姉は笑った。「あ!ごめん、ちょっ」
「だめだよ!一回きりの約束じゃん」
「無理!リモコンが不安」
「千円!」
「あれは言ってないからセーフ!」
姉は勢いよくドアを開けて、階段を駆け上がっていった。また宣言が始まる。呪文みたいだ。声は二階からだんだん下がってきて、リビングで停滞して、やっと玄関に戻ってきた。
「お待たせ」
「早く」
「ごめんって」玄関が施錠される。「あ、」
「もうだめだよ!」
「『しばし待たれよ』はい、セーフ!」
「おい!」
また玄関が開いて、姉は飛び込んでいった。うちのドアノブは、ほかの家の三倍の早さで摩耗するだろう。上から順々に呪文が降ってくる。OK、OK、OKじゃねえんだよ。
「よかった、大丈夫だった」
「ふざけんなよ」
「ごめんごめん、行こう。あ、ああ、『小休止』はいセーフ!」
姉はまた消えていった。
だめだ。あと十五分はかかる。ぼくはとなりの家の低い塀に近づいて、口笛を吹いた。軒先のボロボロの小屋。そこから白い犬が這い出てきて、塀にかけたぼくの指を舐める。鼻先に黄色い花びらがついていたので取ってやった。遠くのほうから、まだ呪文の声が聞こえている。
#100日間連続投稿マラソン 25日目でした!お付き合いいただきありがとうございました(*'ω'*)
1/4まできました!!
続くと、けっこう嬉しいものですね…✨これからも頑張ります!
では、また明日お会いしましょう(*´▽`*)/
サポートをお考えいただき本当にありがとうございます。