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メロンゼリー

誰かにお願いしたら、かなえてもらえるのかな。

私、あの時の男の子に、会いたいの。

学校で仲間外れみたいにされて、毎日かなしかった。
リーダーの女の子の機嫌が直れば、また話しかけてくると思うけど。

そういう子って、エラそうにしてるけどなんだかかわいそうだと思わない?びくびくしなくていいんだよ、ミクちゃん。

初めて会ったのに、同じ4年生なのに、そんなこと言うなんて、びっくりした。

学校違うから、わかんないでしょ、その子にきらわれたら、いやなことされるんだよ。

だいじょうぶだって。オレ、助けに行ってやろうか。

(なんで?なんでそんなことが言えるの?)

何も言えなくなって、その子と向かい合って、メロンゼリーを食べた。

親戚のお姉ちゃんが遠くの町のケーキ屋さんにお嫁さんに行った。

理由はわからないけど、その日の昼過ぎ、私と妹は両親に連れられてその町にいた。親戚の集まりでもあったのか、幼い妹は親に連れられ、私はケーキ屋さんで留守番、と言い渡された。ケーキ屋さんと聞いていたが老舗らしく大きな洋菓子店で、喫茶スペースもあり「好きなケーキ、どれでも食べていいわよ」と従業員の女性が優しく話しかけてきた。

(どうしよう・・・。)

緊張して、目の前に並ぶケーキを選べないでいると

「この、フルーツいっぱいのってるやつ。おいしいよ」

にこにこ笑う男の子がとなりにいた。

父ちゃんが作ってるんだ、とか、これとこれが新作、とか。親し気に話しかけてくる男の子の話をきいているうちに、

「かあちゃん、これがいいって。」

喫茶スペースで私たちはふたり、向かい合って座っていた。

そういえば、同じ年ごろの男の子と女の子がいるから、遊んでいるといいわ、と言われたような気がする。

その、男の子なのかな?

「ちょっとなにやってんの?!」

高圧的な声に驚いて振り向くと、女の子が立っていた。

つかつかと歩み寄り「あんたダレ?」ものすごいこわい顔で睨まれた。

どこにでも、こういう、こわい感じの子っているんだ・・・。

苦手だなぁ。どうしよう。

「シュウは私と遊ぶって決まってんの!あんたいったい」

「カレンも食べれば?エクレア好きだろ。取ってこいよ」

「シュウ・・・うん。」

急にしおらしくなったその子がショーケースのほうへ歩いて行った。

(カレンちゃんがシュウくんのことを好きみたい)なことはすぐわかった。

こわい女の子が好意を寄せてる男の子、と一緒にいるなんて、困る。いやだなぁ。そう思っていると

「早く、残り食べちゃって。」シュウくんが小声で言った。

カレンちゃんが戻ってきたときには、私たちはそろってさいごのフルーツを口に運んだところで、

「オレたち遊んでるから、カレンゆっくり食べて来いよ」

空のケーキ皿を手にしたシュウくんにしたがって、席を立つ。

「もう、ずるい!シュウ!」背中からカレンちゃんの声がしたけど、シュウくんに手を引かれて、振り向けなかった。

店の外に出て、商店街を二人で歩いた。

普段、カギっ子の私は学校から帰ると家で本を読んでいる子どもだったので、いつか読んだ本の中に出てきた商店街に自分が迷い込んだような気がしていた。となりにいるこの男の子も、もしかして、お話なの?そんな不思議なきもちで、留守番の時間は過ぎていった。

商店街から戻って、カレンちゃんとシュウくんと3人で、洋菓子店の母屋でかくれんぼをした。3回目にカレンちゃんがオニになると、シュウくんが私にささやいた。

「一緒にかくれよ。」

母屋はとても大きなお屋敷で、この部屋だけでかくれんぼ、のはずだったのに、シュウくんは私を連れ出して、どんどん廊下を歩いていく。

手を引かれるままついていって、大きなベッドがある部屋のカーテンにふたりでくるまって、くっついてすわった。

「カレンちゃん、さがしてるんじゃないかな。」

「いいんだよ、たまには。ここなら見つからない。」

シュウくんが笑うから、私も笑った。不思議だった。初めて会ったのに、もうずっと前から知ってるみたいな、そんな気持ち。

ひそひそ。こそこそ。くすくす。何を話したんだろう。何も話さなかったのかもしれない。ただ、緊張や不安はすっかり消えていた。

「しっ。来た。」

シュウくんが人差し指を唇に当てた。

息をひそめてじっとしている自分たちが可笑しくなってきて、両手で鼻と口を覆って笑いをこらえたけど、カーテンが揺れて、見つかってしまった。

「ずるいよシュウ!なんでこの子ばっかり!」

「今度オレたちがオニだろ。ミクちゃん行こ。」

またシュウくんに手を引かれて走る、私の背中に「あんたなんか早く帰んなさいよ!」カレンちゃんの声が刺さる。

広いお屋敷のどこをどう走ったのかわからないまま、気がつくと私たちはショーケースからメロンゼリーを取り出していた。

喫茶スペースに、また向かい合ってすわった。

助けに行ってやろうか。

シュウくんがそう言った。

私は、なんて言ったらいいかわからなかった。

シュウくんがいてくれたら。きっと、すごく、うれしい、けど。

黙ったままの私に、

じゃあさ、ミクちゃんがこっちに来なよ。転校。

笑いながら、なんでもないことだよって言わんばかりに、メロンゼリーを口に運ぶシュウくん。

オレ、絶対ミクちゃんのこと守ってやるよ。

なんかヘンだ。

なんで、なんでそんなこと言うんだろう?

今日会ったばかりなのに、なんでそんなに最初から私にやさしいの?

なんで、名乗る前に私の名前知ってたの?学校のこととか、私、いつ話したんだろ?

それに簡単に転校とか無理なのに。

どうして?

どうして、そんなに当たり前みたいに、にこにこしながら、守るよって、言えるの?

シュウくん・・・ほんとは、誰?

夕方遅く、もうすっかり暗くなったころに両親が私を迎えにくるまで、数時間のことだったと思う。

私が車の区部座席に座り込むと、ケーキ屋さんからお母さんに背中を押されて出てきたシュウくんと

目が合った。

座席から、走り出した車の後ろを振り返ると、シュウくんが走りながら手を振っていた。

私も、手を振った。

シュウくんが、見えなくなるまで。

それ以来、シュウくんに会ったことはない。

ケーキ屋さんには一度行ったけど、改装して喫茶スペースの雰囲気も変わっていた。

私の日常は相変わらず、おとなしい女の子な毎日だったけれど、「助けに行ってやる」「絶対守ってやるよ」というシュウくんの言葉が、時々心の中によみがえった。

記憶の中にいるシュウくんの、顔も声も、もう思い出せない。

いまごろ、シュウくんも私と同じ、まあまあ大人のはずだけど。

あの頃の、人見知りでおとなしい私が、あんなに急速に男の子と仲良くなれたことが、不思議でしかたない。

あんなに自信たっぷりに同級生を口説く小学4年生がいるだろうか?ってことも。

もしかしたら、私の大好きなお話の中の男の子だったのかな?

それとも、これから出会う、未来の恋人とか?

誰かにお願いしたら、かなえてもらえるのかな。

私、あの時の男の子に、会いたいの。

「ふーん。で?なんで、その話いま俺にしてんの?」

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