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建築事務所のいろいろ_転職.スティーブン・ホール事務所→BIG

転職は骨が折れる。それはまるで住み親しんだ街を出て、新しい場所で生活をするようなものだ。

スティーブン・ホール事務所に8年近く勤め、そして4年半前にBIGに転職した時もそんな感じだった。二つの事務所は歩いてたった10分の距離だったし、同じ建築業界、でもその移籍は大きな変化だった。それは同じ建物をつくるというだけでも、事務所のサイズや文化はもちろんのこと、デザインのプロセスや目指すものが違うからだ。

スティーブン・ホール事務所では全てがスティーブンの水彩画で始まりそれで終わる、と言っても過言でない。プロジェクトの最初の水彩画は、プログラムや敷地からのインスピレーションで、多くの場合は抽象的な何かだったり、まだ建物ではない「空間」や「光」だったりする。スティーブン・ホールの建築はそんな建築の根本からスタートすると私は思う。

そしてコンピューターの画面とにらめっこしている所員に、スティーブンはよくこんなことを言っていた。「コンピューターの世界にはスケール感というものがない。」だから彼にとって一定の視野の中で、一定のスケールをもって描かれる水彩画が重要なデザインツールなのだ。
そしてもう一つの重要なツール、それは模型だった。スケールや空間、光を確認するための手段であると同時に、マテリアリティが忠実に表現された。例えば打ち放しコンクリートの壁であれば、実際に5ミリのコンクリートを打ったり、ということもあった。

水彩画に関していえば、それはプロジェクトの完成まで止まることはない。彼は小さな絵の具道具を常に持ち歩いていて、いつでもどこでも思いついたインスピレーションを描きとめるのだ。時にはそれはドアノブや手すりの細部のデザインにまで及ぶ。「God is in Details」ミースが言ったその言葉はまさにスティーブンホールの建築に宿っている。

まずBIGに転職して驚いたことは、ホール事務所では欠かせない道具であった三角スケール、いわゆる「サンスケ」が事務所のどこを探しても見当たらなかったことだ。そしてもう一つ驚いたのは、ほとんどの模型が真っ白なスタイロフォームでできていたこと。ここだけ見てもこの転職がいかに劇的な変化だったか想像できるだろう。

デザインのプロセスの違いはとても新鮮なものだった。もちろんビアルケの水彩画が出てくるわけではなく、まずはチームによる徹底的なリサーチから始まる。敷地やその街、プログラム、過去の事例の分析などだ。
それを元にビアルケを含めチーム全員でディスカッションがされ、少しづつアイデアが固まるわけだが、ここで私が興味深いと思うのは、こういったリサーチやアイデアを、建築家でない誰が見ても分かるようにダイアグラム化する事だ。BIGの建築は今までにない形状も多いわけだから、こうすることよってクライアントもユーザーも、その形状が見た目だけの無意味なものではなく、その意味を簡単に理解できるのだ。

スティーブン・ホールの抽象的な感性から生まれる建築と、BIGのダイアグラム化することで明快に誰にでもわかる建築。一方は美しく、もう一方はワクワクという言葉が合う。これは少し簡略しすぎた言い方で、あくまでも私の見解ではあるが、私はこの二つの建築家と建築集団から、日々たくさんのことを学んでいる。次回は是非私の好きなBIGの建築をいくつか紹介したい。

(スティーブン・ホールの水彩画は、Steven Holl Scaleから、BIGのダイアグラムは、Hot to Coldから。)

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