帰省の収穫
今回、両親のことがより客観的に見えた気がする。
私自身が抜け出せたから見えた景色でもあり、未だ呪縛に囚われている面も感じられた。
両親のこと、というより、
両親に対する時の自分、がよく見えたのかもしれない。
反抗期にはちゃんと反抗する
なんだか、これをやってこなかったことで、親の成長って変わったのかもしれん、と感じたなぁ〜。笑
言うことを聞く(親の言いなり)=いい子
姪っ子たちに対する親の態度を見ていて、これ持ってるなーっていう価値観が、ものすごく違和感で、、、
いやぁ、言うことを聞きすぎてごめん!
って思っちゃった。笑笑
私がもっと自分のイヤを表現して、困らせたりしたら、もう少し親の受け入れキャパもこじあけられ、広がったのかも?と思ったりした。
まぁでも、妹は言うこと聞かなくて怒られてたし、親の価値観の転換なんて、親自身に委ねられるか。
これからでも変えたかったら変えるし、変えたくなかったらそのままよね。
受容、こちらからしていくしかないか、やっぱり。。。
いや、そこは無理せず、
イヤはイヤと言うだけだな。
まぁ、そう言ったのでケンカになったわけで。
ケンカというか母が不機嫌になって終わりなんですが。あはは。
不機嫌を引きずらなくなっただけ、マシになったかな。内心は引きずってるんだろうけども。あーめんどくさい。
世界を(他者を)どう見るか
両親のここが、今回本当によく見えた。
恥ずかしくないように、
笑われないように、
子どもに行動させる基準が割とここにあって、
それって、裏を返せば、『(素の自分は)人に笑われる』って信じてるってことだよなー。
そんでそれって、両親が人を笑ってるってことだよなー、と。
そしたら、思い出す思い出す。
母はよく言ってました。「見て見て、あの人。あんな格好して。恥ずかしくないのかね。」とか。
あんなことして見苦しいとか。おかしいとか。
普通にたくさん聞かされていました。同意を求めつつ。
多分私は元々、女子のこういうノリに乗らないタイプでして。
でも小さい頃から母親にさんざん聞かされてたら、そりゃ少しは洗脳されちゃいます。
子どもはそりゃあ大好きですからね、お母さん。
家を出て大学に行ってからは変わった人をたくさん見たしw変なことたくさんしたしwで、それが恥ずかしいこととは思わなかったし、で、
久々に帰省した時にそんな言葉を浴びせられた時に「そう?別にいいんじゃない?」て言えるようになってから、あまり母は私には言わなくなったかもなー。
でも、根底にあるんだろうな。潜在的に。
昔、よっぽど笑われたのだろうか?
息子が小さい頃も両親はよく「そんなことしたら恥ずかしいよ!」と注意してたけど、
多分息子は意味が分かってなかったと思う。笑
彼は今もそこの感覚は、ずば抜けて、、、ない!
東京からの帰省の際は、1人季節感違うやろ!?って格好で空港から出てくることも多々。おもろい。
東京はいい意味で他人に無関心だから、人目が気にならず居心地いいらしい。
どうやらこちらにいた頃は、彼なりに人目を気にしていたらしい。まじか!笑
あらためて
久しぶりにこちらの記事を読みましたら
書いてる意味が、わかるぅ〜、と深く沁みました。
今回、知らず知らずの呪縛?洗脳?に気づけて、あらためて、この宣言と決意が有効になるのでは?と感じてます。
親教、おそるべし。
さて、
私はいつまでこんなことを続けるんでしょうか。。。
というわけで、
そろそろ終わりにして、
私の人生、次のフェーズに移ろうと思います。
私ひとりでも、
勝手に、先に、しあわせになります!
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