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「頑張って」より「頑張ったね」

出産してから丸一日休んだ日はないことに気づいた。育児、家事、仕事のどれもしない日はない。「もっと大変な人がいる」「甘えるな」という声は無視。休んでないじゃん!自分。もちろん仕事の「休み」はあるけれど、勤務時間に終わらない仕事を持ち帰って、子どもが寝た後や休日にやっている。今日もこれから家で締切前の仕事をやらないといけない。週末は夫と交代で子どもの面倒を見ているけれど、その時間に何をしているかと言うと日用品の買い出しだったりする。

そりゃ疲れるわ。でも何か一つ手を抜くと「だらしないな」と誰かに言われている気がする。例えば休日の早朝、私が起きる前に夫が子どもの朝ごはんの準備をしてると、「ありがとう」と思えない。「夫にやらせてしまった」とか「貸をつくってしまった」みたいに思う。

え、ヤバくない?自分で書いてて、思う。

何でも育った環境に結びつけるのも良くないけれど、こういう時に自分の実家のことを思い出す。「頑張れ」とは言われて来たが、「よくやったね」「頑張っててえらいね」とは言われなかった。「頑張れ」も脅しみたいな言い方だったな。「テストで30位に入らないと先生は面倒みてくれなくて見捨てられるよ」とか。そんな事ないと思うと子どもながらに感じたけれど「生徒の前では皆の面倒みるような顔してるんだよ」と嘲笑われた。

途中で何かを止める事も絶対に許してもらえなかった。大人になってからも、転職する時、私は前職で心身ともに疲弊していたけれど「いま逃げても転職先で上手くいかない」と脅された。

人生の大事な局面(進学、就職、転職)で、ことごとく自分の意見を否定されてきた。私はそんな実家が大嫌いで、反発して、ある意味それを原動力にして自分の道を切り拓いてきた。

ようやくここまで来た。でも、まだ影のように常に否定されてきたという思いがあって、全部やらないとダメ、途中で休んだり止めるのは恥さらし、という価値観から抜け出せない。

自分の子には「頑張れ」より「頑張ってるよ」「頑張ったね」と言ってあげるんだ。私が言ってほしかった言葉を。



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