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鳥獣戯画ノリ

 病室の窓から、晩夏の風がさらりと吹き込んでくる。

 昼間、孫たちがきて、
「じいちゃん、がんばって」と手を握ってくれたが、一言も発することができなかった。
 ただ眦を下げ、孫たちの最後の顔を慈しんだ。

 病室の天井には、針金のような模様がちらばっている。
 ぼんやりみていると、黒い模様のひとつが水に溶けたようにじわりと広がっていった。やがてそれは墨絵で描かれた兎の形となった。
『みたことがあるな。高山寺に伝わる絵巻物の、なんだったかな』
 そんなことを考えていると、兎はひょいと天井から飛び出し、目前で跳びはねだした。ユーモラスな動きに頬があがる。
 天井から次々と猿や蛙も飛び出してきた。
 上空で相撲をとったり、鬼ごっこをしている。
 ……ああ、小さいころよく遊んだな。
 すすき河原で泥だらけになって走りまわったっけ。
 兎の顔が、竹馬の友じゅんぺいにみえてきた。
 猿はカズやん、蛙は洋三……。
 みんなそこにいたのか。
 どこからか「良平もこいよ」という声が聞こえ、老人は幸福な子ども時代にゆっくりと手を伸ばした。

 晩夏の風がカーテンを柔らかく揺らしている。
 のこされた体には消えない笑みが浮かんでいた――。

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