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50.悟りよりも限りない向上の道

知の巨人である松山俊太郎氏が、新宿で法華経の講座をしていた時、ぼくはその前の時間に気功とホーメイの教室を持っていた。ぼくもせっかくだから毎回法華経の講座を受講していた。
松山先生は、英語はもちろん、フランス語、アラビア語、サンスクリット語に精通していて、ボードレール『悪の華』原書の初版および再版を日本でただ一人所有しているだけでなく、小栗虫太郎や夢野久作など戦前の探偵小説の初版を持つなど、その蔵書と研究ではつとに有名な人物であった。
その探求の仕方は計り知れないものがあり、法華経に出てくるサンスクリット語の白蓮の数を日々数え、その意味を検証し、冬でも浴衣を着て新宿を闊歩する。また趣味の手榴弾の分解作業中に失った左手の手首にかけた鞄姿が、その怪人ぶりに輪をかけていた。
ぼくのホーメイを聴いて、
「マキガミさんは、広沢虎三を越えたね」という言葉が、くすぐったいほどうれしかったが、そんな訳はない。
その講座で学んだ「アグラ・ダルマ」という言葉。法華経の最高の教えという意味をグループ名にしたのは、松山先生の教えを忘れまいとしたためだ。
2008年オーストリアのクレムスの音楽フェスティバルに呼ばれた時、ピアノのSylvie Courvoisierとエレクトロニクスのモリイクエとぼくの3人でグループ「アグラ・ダルマ」を結成した。
 批評家のヘニング・ボルテはその時こう書いていた。
「Agra-Dharmaの音楽は新しく、オリジナルであり、そのエッジは鋭い刃のように鋭く、その音は何千ものダンスニードル(ポケモン)を思い起こさせ、夜明けの舞台から上昇する雷鳴と、奇妙な形の神秘的な蛍光と動きの落ち着きを導く」
 ニューヨークthe Stoneでの3日目は、いよいよ「アグラ・ダルマ」である。
朝食に、Rus and DaughtersのHeepsterを食べ、ニューヨーク図書館に行った。たしかリチャード・フォアマンの新作の書籍を検索していたんだと思うが、まだ入っていなかった。以前だったら、セントマークス書店に行けば簡単にみつかった本がなかなかみつからくなってしまったのはとても残念だ。
ニューヨーク図書館まで来たので、せっかくだからMoMaにも行こうと行ったのだけど、あまりに混んでいて、マックス・エルンストをじっくり見ることができなかった。
その夜の「アグラ・ダルマ」の演奏は、ニューヨークのダウンタウンに強く、輝くように響いたのではないか。松山俊太郎氏は、「法華経は、悟りよりも限りない向上の道を重視している」と言う。
最初にチームを組んでから10年経つ。東京、湯河原、釧路、札幌、京都、そしてニューヨークで演奏してきた。いつのまにかの10年である。

巻上公一 2018.6


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