僕らの嫌いな話3


呼び水

うちのクラスにはギャルがいる。ただし、金髪ではない。明るめの茶髪二人組だ。学校全体で見たら茶髪なんてかなりの数いるが、教室の中ではよく目立つ。そもそも彼女たちは入学式から目立っていた。百人と少しばかりの新入生の中で明るい髪色と着崩した制服姿なのは二人だけだったし、度胸があるなと感心した。校則的には問題はないし、特に上級生に睨まれるというようなこともないようで、そんな世界があるのかと高校の自由さにも驚いた。見た目はともかく、彼女たちは意外としっかりしている。遅刻・欠席もないし、授業にも話し合いにも積極的に参加する。それでもって明るいしだるそうなしゃべりの癖に芯を持った発言・会話をするのでうちのクラスでは一目置かれる存在だった。

 俺の席はそんなギャルの片方、野間さきの斜め後ろだ。彼女たちは朝も早いようで、登校すると必ず二人がいる。野間の席にもう片方、相崎しほが来るという形だ。今朝も同じで、俺が席に着いたときには相崎が頬を膨らませて野間にスマホの画面を見せていた。何やら男から明日暇?というメッセージが来たことでお怒りらしい。

「ねえ、さきっちは暇?って聞かれるの許せる派?」
「いや、むかつく派。でもまあ、そういう誘い方しかできん人もいるじゃん」
「何それ大人だねぇ。あたしは無理だなぁ、先に用事言えよっ!ってムカついちゃう。少なくともさ、ある程度親しくないとヤだね。まじ論外!」
「それはそう」
「暇があると思って誘うなよ、相手の時間を頂戴する自覚を持って誘うのが礼儀じゃん」
「いいこと言うねえ」
「でしょ?」
「でもさあ、距離感掴めないからこそ自分から誘うのって怖いじゃんね。特にさ、恋愛方面のお誘いとかだと。そーゆーこと考えるとあたしはまぁしゃーないって思っちゃうわ」
「……んー。なるほどねぇ……まあ、誘ってくれようとしてんのはありがたいか」
「ま、聞かれるとウザいけどね」
「いやぁ、そうなんよねぇ……どうしたもんかなぁ。別に今彼氏欲しくないんよねぇ……」

 そんな関係の薄い男から普通に連絡が来るものなのか。そうして、そこから発展していく関係もあり得るのか。同じ教室で過ごしていても全く別の世界の住人のようで、不思議な感じがした。
別の世界といえば、先輩も原則的には別世界の人間なんだよな、と思い出す。学校での先輩はなんだか俺と帰っている時の先輩とは別のように見える。男女問わず派手な人たちに囲まれて、騒がしくて目立つ集団の中でじっとしている。話しかけられてたまに二三言ぼそっと返す。基本怠そうで、ちょっと怖い人にも見える。体育の授業はやる気なさげに突っ立ってたり見学してたりすることもある。他の授業の時は生憎見るすべがないから分からない。下級生を傘に入れてくれたり紫陽花を一緒に見てくれるような人には到底見えない。でも、何だかつまらなそうで寂しそうだ。

 ホームルームまでの時間は退屈だ。手持無沙汰なので、この前撮った紫陽花の写真を壁紙にすることにした。赤青紫、ちょっぴり緑。色とりどりの紫陽花の風景は綺麗で我ながら良い写真だった。これを先輩と見たんだな、と思うと頭の上に置かれた手の重み、指の動きまでも思い出す。

「よー浜中おはよ」
 ぽん、と肩に手を置かれて飛びあがる。
「っ、お、おう……」
「何、顔赤くね?熱?」
「いや、別に。おはよう」

 前の席の羽生は所謂好青年ってやつで、隣の野間とも上手く付き合うし、先生からの信頼も厚いうちのクラスの学級委員だ。その割に気取ったところもない爽やか野郎で、後ろの席のよしみでよく話しかけてくる。
 とりあえず教室で先輩のことを考えるのはやめよう。ホームルームの時間が近づき段々とざわめきの大きくなっていく教室で俺はそう決意した。スマホを鞄の中に滑り込ませる。

 スマホをいじっていた羽生が振り返る。
「なあお前なんかヨーヨーみたいな名前の作家好きじゃなかったっけ?」
「ああ、羊に葉の子って書いてようようこって名前な」
「その人の本映画化されたらしいぜ。広告打たない宣伝方法って話題になってる」
「え、マジ?」
「多分。ほらこれ」
 ツイッターの画面を見せられる。そこには確かに羊葉子原作の新作映画の情報が載っていた。

 七月も半ばに差し掛かり、今日も今日とて先輩と下校する。
「そういや真昼は土日何してんの?」
 梅雨明けした七月は夏の顔を日に日に本格化している。少し先を歩く先輩の白いシャツと青い空のコントラストがまぶしい。
「土日っすか……?本読んだり動画見たりとかっすね」
「外には出ないんだ?」

 振り返った先輩はどこかにまにましている、気がする。分かりにくいが。少し細まった目とゆるりとした弧を描く唇の端が何となく面白がっているように見える。
「図書館には行きますけど。あー、あと、中学んころは映画館も行きましたね」
「ふーん。映画館ねえ。何、友達と?」
「あー、まあ、はい」
「……そう」
 先輩の表情が冷める。唇が引き締まり、おまけに視線まで逸らされる。先輩はそのまま先を急ぎ歩き出した。そのまま振り返る気配すらない。

「っ、あの、先輩」
「なに」
やはり先輩は振り返らない。機嫌を損ねたのかもしれない。
「あー……、先輩、来週の日曜って暇です……いや、映画興味ありますか」
「……ん?暇だし興味なくはないけど、なぜ言い直した?」
 先輩は振り返った。真っすぐこちらを見つめる目がまぶしい。
「あの、日曜日なんすけど。……良かったら見たい映画あるんで一緒に行きませんかと誘うつもりだったんすけど、暇ですかっていう誘い文句はウザいって最近聞いた気がして、なんか、トチりました」

 あ、笑った。明らかに口角を上げて、ふっ、と息までこぼれたように。そのまま先輩は顔を寄せてきた。
「ふーん。俺は別に暇ですかでも嫌な気はしないけど。誘いたいんだろうなって分かるし」
「……これ、俺、この映画見に行こうと思ってるんですけど」
 羽生が教えてくれた映画を見せる。
「けど?」
 麗しい顔に覗き込まれ、俺は顎を引いた。なんかいい匂いがする。それに、やっぱり唇が緩んでいる。目つまでもが優しい気がして身じろいだ。

「……なんすか」
「いや、続けてよ」
「……一緒に行きませんか」
「いいよ」
 返事がはやい。そのまま先輩は明らかに機嫌のよい顔で歩き出した。同じ歩幅で、横を歩く。
「……なんなんですか今のやつ」
「ん?」
 よく聞けば、声もどこか柔らかい。機嫌が悪いんじゃなかったのか。どこで回復したのか、やはり掴めない人だ。

「……なんか無駄に恥ずい気分っす」
「ちゃんと照れるんだ」
 しかもいちいち覗き込んでくる。その息まで頬に感じるくらいに。
「……だからっ、それ、近い、っす」
「……そう?もっと赤くなってもいいんじゃない?」
 この人、まさかとは思うが……俺で楽しんでるのか。
「……先輩って、マジで、マジで……!」
「俺の顔はいいからね。恥ずかしがらなくても、みんな同じ反応するから大丈夫」
「……ナルシストなんすね……」
 先輩はどうやらナルシストで、しかも人をからかうのもお好きらしい。まったく、学校での怠そうな姿とは大違いだ。






 黒猫が映画に誘ってきた。これから映画館に定期的に通うというのも悪くないかもしれない。もちろん二人でだ。あいつはこれまで野良だったわけで、他の奴に懐いていたというのは十分あり得た話なわけだが、それにしても癪だ。でもまあ、これから俺に懐かせれば問題ないだろう。自分の顔に興味はなかったが、赤くなる猫は悪くない。活かせるものは最大限活かすべきだろう。この思考も含めて、一体どうして俺はナルシストだったらしい、ということか。黒猫といると自分が意外とからかうのが好きだったことに気づかされる。知らなかった色々な自分を知っていく。退屈な学校も、あいつと帰ると色づく。これも動物セラピーみたいなものなのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?