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混線【詩】

もうずいぶん長いことぼくは人間ではないようで、生まれたときはたしかみんなと一緒だったはずなのに、今ではもう薄く濁った境界線がみんなとの言葉を隔てているのです。ぼくはずいぶん足りなくて普通のことがよくできないので、映画館のポップコーンが貰いに行けません、化粧の仕方がわかりません、因数分解が解けません、列に並べないのでコーヒーを飲めずに立ち尽くしています。人混みの中で絶叫を飲み込んでばかりいたらみんなもうぼくを置いて流行りの映画を観ていて、ぼくはみんな殺してやりたいのです。この世にはぼくより恵まれない人がたくさんいるはずなのにぼくの周りはぼくよりできる人ばかりでできないぼくを叱るのです。ぼくはぼくよりきれいな子どもにどうしても祝福してやれなくて涙が出てきてしまうのです。正月明けの左側通行を逆走する車椅子、駅のホームの物陰に蹲る片脚の無い鳩は菓子パンを貰って鶏のように肥え太り、雨が降る日に足元に擦り寄ってきた汚れた野良猫、その尻尾に纏わりつく蝿の数匹、孤独の入り口、薄く引かれた濁った色の境界線。ぼくはその猫の頭を撫でてやることしかできなかったけれど、その猫は嬉しそうに喉を鳴らして、妹に連れられて帰っていくぼくをじっと見ていた。ぼくは孤独の入り口を知っているけれどそこに行くのが怖くて仕方ありません。血が沸き立って耳からがらがらピーマリオのさと音が入ってきて吐きそうです走り出したくて仕方ありません脳みそから言葉が溢れてきて止まらないのにぼくの手元には何もないのです。書いても書いても書いても知恵が足りずに間違いだらけで、向こう側の猫を拾うこともできないし、病気がうつるから野良猫に触らないという約束も守れないので薄く濁った境界線上であああと声をあげるばかりです。ぼくはいずれひとりでその入り口に立つのにそれが怖くて泣いてしまいたくなるのですが、ぼくは。

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