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いずれ忘れるきみへ【詩】

きみが生まれたのは、錆に覆われた街の、冬のはじまり。
きみの顔は誰も知らない。きみの顔は頭の中でぼんやり霞んで、八重歯だけが柔らかに覗く。
きみに関して知っているのは、きみの声が産毛がざらりと震えるように低いこと。引きずる左足が砂を噛むこと。きみのその背を、硬い骨がまっすぐに貫いていること。
きみはぼくたちの前であらゆる言葉を話し、
(そりゃ今まで色々あったし、)
生きて、
(ずいぶん長いこと生きたけどさ、)
死んだ。
(もう何も言うことなんかないよ。)
きみの最後の言葉は今も覚えている。
(なあ、お前はきっと生きていくよ。)
きみは昔と変わらないまま、
ぼくたちはきみの背丈を追い越していく。
きみの話す言葉が増えることはもうないし、
ぼくたちがきみの名前を呼ぶことはきっとない。
ぼくたちがきみを忘れたとき、
きみは水平線を貫くまっすぐな背筋でこちらを向いて、砂が崩れるように笑うだろう。
ぼくはそのとき、きみに渡す花束を、
今でもひとり編んでいる。
冬のはじめの朝焼けに、きみが贈る小さな声を、ぼくはひとりで聴くだろう。

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