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小声コラム#46 捨てられたピンクグレープフルーツストロング酎ハイの空き缶に僕がいた

僕はいろんなものに興味が湧かない。それが悩みである。
アイドル沼ハマっているオタクに憧れすら抱いている。

ある冬の日、渋谷を歩いていた。渋谷の街を歩いていると処理できないくらいの興味喚起の情報が脳に入り込んでくる。僕は喚起されない興味にげんなりしてしまう。

俯き加減でコンクリートジャングルを進み、宮益坂を進んだ三叉路に架かる歩道橋を登っていると、ピンクグレープフルーツのストロング酎ハイの空き缶が、真ん中を潰された形で階段に落ちていた。
ゴミかと思い階段を登っていると、また同じピンクグレープフルーツの酎ハイが同じ形で複数落ちていることに気づいた。登った階段を一度降りて確認する。同じ空き缶が二段空けで規則正しく4つ落ちていた。

それに気づいた瞬間、落ちている空き缶ではなく、置かれている空き缶に変わった。
僕は規則性に意味を見出したのだ。そしてその空き缶が置かれた背景を夢想する。何かのメッセージだろうか、爆弾の類だろうかと思い馳せる。梶井基次郎の檸檬みたいだと少し愉快になった。

写真を撮って歩道橋を渡きる。歩道橋の反対側から、ピンクグレープフルーツ酎ハイが置かれた場所を見ていた。それを見つける人の反応を確かめようとしたのである。
数分間見続けていたが、写真を撮る者はおろか、立ち止まる者も目を向ける者すらいなかった。僕はその場を立ち去った。

僕はいろんなものに興味がわかない。多くの者が興味を持つものにもなかなか興味がわかない。しかし、悩む必要はないのだと思った。
あの置かれたピンクグレープフルーツストロング酎ハイの空き缶に、たしかに興味をそそられた。愉快犯にしてやられたのかもしれないのがどこか悔しい。だが、興味を持ったのは間違いなく僕自身であった。
僕は顔を上げて歯医者へ向かった。

#46 捨てられたピンクグレープフルーツストロング酎ハイの空き缶に僕がいた

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