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菱田屋(駒場東大前/定食・食堂)

いちどめの結婚の最後、子どもが欲しい前夫とどうもそれに気が乗らなかった私は、しばし冷却期間を設けることにした。当初2ヶ月だけの予定で神泉のウィークリーマンションを借りたものの、2ヶ月毎に結論を先延ばしにし、それから約1年後、今度はウィークリーマンションではなく、駒場東大前の賃貸マンションを借りることにした。その部屋を契約する時、離婚することになるんだろう、ぼんやりとそう思った。
そのマンションは35平米ほどでひとりで住むには十分な広さだった一方、玄関からすぐのところに台所もお風呂場もある作りで、脱衣所がなかった。
キッチンの前で服を脱ぐ時いつも、一軒家二人暮らしだった頃からの生活水準の下落を感じずにはいられなくて、いつかまた脱衣所のある家にすみたい、がその頃いつも思っていたことだった。

ただそのマンションにもいいところはあった。そのうちのひとつが、マンションから歩いてすぐの場所にある菱田屋だった。和洋中、なんでもありなメニューはどれもボリューム満点でとびきり美味しい。
初めて行った時は確かエビフライ定食を食べた。伊豆なら3,000円はするような、立派な大振りのエビフライが2尾ついて1,500円。こんな美味しい定食屋が家の近くにあるなんてついてる、と、そんな風にも思っていた。
菱田屋は、当時働いていた会社の同僚達も好きなお店だった。私が付近に住んでいるのを知ると、時折いま並んでいるよ、なんて連絡を休日にもらうことがあり、都合があいさえすれば合流した。覚悟してたとはいえ、やはり「ひとり」は時折心細くなるものだから、そんな時に気のおけない同僚の顔がみれるのはありがたかった。
そこに約2年住んだ後、渋谷にマンションを買った。念願の脱衣所がある部屋に引っ越せたのは嬉しかったけど、菱田屋から離れるのは残念だった。

にかいめの結婚をし、渋谷のマンションを売って、今の家に引っ越してから、前ほどではないものの、また菱田屋が近くなった。コロナ中、何度かテイクアウトを頼みにいったし、今でも時々食べに行く。
そのたび、当時住んでいた菱田屋近くのマンションを見上げる。懐かしいような当時の心細さが蘇るような、何ともいえない気持ちになるのだった。


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