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【シブレス#05】つけ麺屋 やすべえ(ラーメン/渋谷明治通り)/つれない男の落とし方

同じ社内にいいなと思っている男子がいるとする。そんな時、誰もが一度は考えることがある。
仕事がお互い遅くなる、そしてたとえばエレベータホールで偶然一緒になって、帰りの方向も一緒で、そして何かお腹空いたね、何か食べに行こうか、そんな話になる。

かくいう私も、憧れのオキヤマさんと帰りが一緒になるチャンスを、数か月越しで狙っていた。同じフロアで働いているとはいえ、なかなかお互い遅くなって、という条件は難しかった。というのも私の仕事は月末月初に業務が集中するのだけど、彼の仕事はそんな波があるわけじゃない。だから今日という日はとてもラッキーで、それはもう本当に、嬉しかった。

誘うセリフはずっと前から決めていた。すっかり遅くなっちゃいましたね、ラーメンでも行きませんか、だ。
そしてオキヤマさんはまるでそれがふたりのいつもの習慣だったように、いいね、いこうかとあっさり同意してくれた。

どこにする、お任せしますというやりとりの後、じゃあ、とオキヤマさんが選んだのは「やすべえ」だった。やすべえへと続く、明治通りを横断する何百回と往復した歩道橋。それが憧れのオキヤマさんと肩を並べて歩く、となると、ずいぶんと特別な道になる。ラーメン食べるの実は久しぶりなんです、そんななんてことのない会話に、体の奥がじんわりと熱くなるみたいに。

22時を過ぎたというのに店はずいぶんと混雑していた。食券を買い、店内の待合用のベンチに横並びで座る。列が進むたび、私はオキヤマさんに膝と膝がちょっとぶつかりあうような演出を試みるけれど、オキヤマさんは無関心。むしろ狭いよねごめんねと言わんばかりに距離をとる。

しばらくすると席に通された。椅子と椅子の幅はぐっと狭くて、ちょっと体を傾ければ触れ合う案配。休日とか最近何してるの、最近はなんかダラダラしちゃってますね、オキヤマさんはどうですか、そうだなあ、おれもなんだかダラダラして何する感じでもないなあ、そんな当たり障りのない会話を続けながら膝と膝をもうちょっとだけぶつけて、横顔を盗み見て、そしてさりげなく手のひらでオキヤマさんの肩を触る。Tシャツ越しにオキヤマさんの肌の体温を感じる。そしてゴツゴツしたオキヤマさんの体に抱きしめられたならと考えて甘い気分になる。
オキヤマさんはあれ、なんかついてた?なんてつれない返事。だけど私の手を払いのけたりするわけじゃないから、嫌じゃないと信じたい。

つけ麺がきた後、私は麺をすすりながらこの後どうしたらオキヤマさんともう少しいられるのかを考えた。相談したいことがある、と伝えればじゃあ近くのビアバーで一杯と言ってくれそうではあるけれど、結局それでは悩みを打ち明けただけで終わってしまう。かといって、私の家で飲みませんか?なんて言ってしまったら、ものすごくひかれてしまう気がする。

オキヤマさんはつけ麺中盛を食べ終わり、ゆっくり食べてと言って、スマホに目を落とす。私は考えをまとめるため、なるべく時間を稼ごうとのろのろと麺をすする。今日じゃなくてもいい、だけど私はオキヤマさんに抱かれたい。ただこのままではまたエレベーターホールの偶然を待つ必要があって、それはもう待ちきれそうになかった。

だから最後の麺をすすったとき、私は覚悟を決めた。

やすべえからの帰り道、じゃあまた明日ねと恵比寿の方に向かうオキヤマさんの背中を見送った後、駅に向かう。そして二回深呼吸した後にLINEを開く。

今日はラーメン付き合ってくれてありがとうございました。

一文字一文字に心を込めてメッセージを送る。

こちらこそ!またタイミングあったら行こうね。

返事はすぐにきた。たぶんそう言うと思った、で、私は次に送ろうと決めていたメッセージを、今度は矢継ぎ早に打ち込む。

タイミング合わなくても行きたいです!今週末とか来週末とか、おヒマな日はありますか?

なかなか送信ボタンを押せなくて、だけどこれを送らなきゃ私はまたエレベーターホールの偶然を待つしかなくて、だから必死で送信ボタンを押して。そしてその後急に恥ずかしくなって、スマホをカバンに入れて小走りになった。

メッセージの着信を告げるバイブの音が鳴った気がしたけど、すぐにみる勇気がなくて、歩道橋を渡って、そして駅の改札をくぐって、ホームの上に駆け上がってからそっと開く。

土曜日ならいいよー、映画でもみる?

たぶんオキヤマさんにとって私は自分に好意がある女子のひとりでしかなくて、きっと今は、それ以上でもそれ以下でもない。それでも休日に会うのはやぶさかではないくらいの存在ではあるみたいだ。

はい、ぜひ!ちょっと家に帰ってからまたラインします!

一言そうメッセージを送ってから、深呼吸した。急に何だか恥ずかしくなって、いったい明日会社で顔を合わせたらどんな顔をすればいいのかと泣きそうになった。それでもオキヤマさんと映画をみてご飯を食べるという約束は私をとことん幸福にした。映画は夕方からのにしようて言おう、できれば土曜の午前中にエステに行って、髪を切って、そして金曜は早く帰れたら洋服を買って。

電車の窓にうつる私はすごく嬉しそうだ。映画をみた後、ちょっとムーディーな居酒屋で、また今日みたいにカウンター越しに並んですわる。お酒を言い訳に私はちょっとオキヤマさんに寄りかかったり、時には膝に手を乗せたりする。オキヤマさんがまんざらでもなさそうだったら、今度こそ私は今夜は帰りたくないって素直に言う。つれない男の落とし方、それは好意を態度で伝えること、抱かれたいという気持ちを隠さないこと。

たとえその結果ワンナイトで終わることになっても悔いはない。好きな男に抱かれる、それ以上にこの世にステキなことなどない。

つけ麺屋やすべえ渋谷店
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13001149/
渋谷駅南口から明治通りを恵比寿方面へ3分ほど。その独特の味わいは一部で「やすべえ味」とも言われるほど。深夜3時までの営業とあって、付近のIT企業の社員の「残業飯」として人気。女性客も多い。

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