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ヒューゴー/ネビュラ賞ノミネート!不条理ホラー野球シム『Blaseball』ってなんなのさ?
始まりは4月だった。そのときぼくは今年のヒューゴー賞ビデオゲーム部門についての記事を読んでいた。SF/ファンタジーの最高の作品に贈られる最高の賞のひとつであるヒューゴー賞に、一回きりだが、優れたビデオゲームを表彰する部門ができるらしい。ノミネート作品は『あつまれ どうぶつの森』『The Last of Us Part II』『FINAL FANTASY VII REMAKE』『Hades』『Spiritfarer』……。
みんな2020年を象徴するような大作、話題作である。どれが賞を受賞しても納得がいくラインナップだ。特に『Hades』と『Spiritfarer』は、どちらも「光るものはあるんだけど……」なんてスタジオがついに出したスマッシュヒットで、普段インディー系のゲームを追っているぼくとしては非常に嬉しいノミネートであった。
なるほどね……と思っていると、ひとつ見落としているタイトルがあるのに気づいた。『Blaseball』である。
ぼくはゲームおたくだ。一年中どっぷりゲームのことを考えているとか、ゲームがウルトラうまいとかじゃないが、古今東西の名作・話題作はある程度把握しているつもりだ。だがこのタイトルは全く見たことも聞いたこともない。こんなことは初めてである。
さっそく検索窓にその奇妙なタイトルを入れて調べてみる。検索結果のいちばん上、公式サイトらしいページへ。真っ黒な背景の、とてもヒューゴー賞候補とは思えないミニマムなトップページだ。そこにあるのは、メディアからのレビューと、「Play Now」と書いてあるチケット、そして怪しげなBlaseballの神々からのメッセージ。「非人間的な選手たちは昼夜問わず試合をします」「ルールから名簿まで、全てがあなたの手のなかにあります」……。
評価されているゲームというのはちょっと調べればその特徴と評価の理由が推測できるものである。見た目がカッコいいんだな、これがフィーチャーされてるのだな、アクションがスゲー気持ちよさそうだ……。だがこのBlaseballの魅力は全く想像できない。本当にわからない。
野球なの?野球じゃないの?何をするの?何が起こるの?この妖しいゲームの何が人々を惹きつけているの?どういう理由でヒューゴー賞にノミネートされているの?それを確かめるためには実際にゲームをプレイしてみるしかなさそうだ、そう考えたぼくはトップページのチケットをクリックし、Blaseballの世界へと潜っていった。
Blaseballってなんなの?
『Blasaeball』(ゲーム)は、The Game Bandによって、2020年7月より開発・運営されているテキストベースのブラウザゲームである。プレイには会員登録が必要で、ゲームのためにかかる費用(リアルマネー)は全くなし。
Blaseball(スポーツ)は野球のようなスポーツである。スポーツでもないらしいが、まぁスポーツのようなものである(SportじゃなくてSplortらしい)。ここで試合をするのはInternet League Blaseballに所属する24チームである。
選手はみな卵から生まれる。彼らはそれぞれ独自のプロフィールを持っている。彼らはどれだけ試合を続けても身体を壊すことはない。
現実世界の月曜日~金曜日のあいだ、24チームが4つのグループに別れてぶっ続けで試合をし続ける。昼夜問わず、雨でも嵐でも。土曜日に上位チームが集まって試合をするポストシーズンが行われ、そこでシーズンのチャンピオンを決める。
何をするゲームなの?
Blaseballは野球シムである。しかし、選手として野球をプレイしたり、監督として試合をコントロールしたり、あるいは選手を育成したり、そういったプレイヤーが能動的にリーグに関わっていくようなゲームではない。
あなたがするのは放置ゲームである。非人間の選手たちによって一日じゅう自動でプレイされる試合をたまに、あるいはぶっ続けで見る。試合にはゲーム内通貨であるコインを賭ける。賭けたチームが勝てばコインは2倍ほどの額になって帰ってくる。
試合の勝ち負けは主に各試合ごとに表示されるチーム勝率によって判断することができる。この数字は各チームの選手たちの能力やコンディションなどによって計算され、この勝率に従って賭けをすればだいたい間違いない。
試合は毎時間に通常12試合(24チームぶん)が同時に行われ、それぞれのゲームにコインを賭けることができる。
また、賭けとは別に、スナックと呼ばれるアイテムを持っていれば、選手たちのプレイに応じてコインを獲得することができる。お気に入りのチームが買ったとき、お気に入りのチームが負けたとき、お気に入りの選手がヒットを打ったとき、三振を奪ったとき。
あなたはいくつかの手段によってコインを貯めて、増やしたコインをまた賭けやアイテムに投資し、より効率的に稼げるようにし、資産を増やしていくのだ。
これがゲームプレイのコアとなる部分である。あえてこのゲームを一言で表すならば、野球賭博シムといえばだいたい合ってるのではないだろうか。
民主主義と宇宙の拡張
架空の24チームによってぶっ続けで行われるゲームに張り付いて賭けをし、コインを稼ぐのは楽しい。だが、それはBlaseballの魅力の一部でしかない。
あなたはコインを稼いだ。コインを賭け、コインを増やし、それをまた賭け、アイテムを買い、コインを効率よく貯められるようになった。じゃあ、ここから何をするのか?選挙である。
アイテムショップに置いてあるのは殆どがコインを獲得するための補助アイテムだが、いくつか違う用途のために使うアイテムも置いてある。そのひとつが、投票券である。
あなたは毎シーズン、ゲーム中のElection(選挙)のタブのなかで、Wills(意思)、Blessings(祝福)、Decrees(法令)のいずれかに投票することができる。この選挙は、リーグがこれからどうなっていくか、Blaseballというゲーム自体がどうなっていくかを決める重要なプロセスである。
WillsとBlessingsは主に特定の選手の強化や選手のトレードを行うものだ。単純に選手の能力をアップさせたり、強いチームの強い選手を自分のお気に入りのチームに引っこ抜いたり、そういうのである。
これにより、リーグの勢力図がシーズンごとにがらりと変化する。弱いチームが強くなり、強いチームが弱くなり。前シーズン好調だったチームが次シーズンでは殆ど最下位、なんてのも珍しくない。コインを貯め、投票券を多分に購入し(投票券はいくらでも買え、いくらでも投票できる)、自分の贔屓のチームが次シーズンに有利になるような、あるいはリーグ全体がもっと混沌とするような祝福に投票しまくることは、プレイヤーの大きな目標のひとつとなるだろう。
そしてDecrees(法令)だ。これはBlaseballの宇宙に新たなルールを追加する大きな変更である。具体的に何が起きるのかというと……実際に起こった出来事を書いていったほうがいいだろう。
・日食とローグ・アンパイア
シーズン1の終了時の投票によって禁じられた本/Blaseballのルールブックが開かれた。その結果生まれたもののひとつが新たな試合中の気象、日食である。日食時に試合が行われると、ローグ・アンパイア(悪のアンパイア)が出現してプレイ中の選手をひとり焼却することがある。
・ピーナッツ
シーズン3よりピーナッツが実装された。ゲーム内のいろいろなところにピーナッツが登場し、Blaseballに大きな混乱を引き起こした。たとえばピーナッツの雨。これは試合中の気象である。降り注いだピーナッツは選手の口に入り、選手にYummy(おいちい)反応、アレルギー反応を引き起こすことがある。
・ワイアット・メイソン
シーズン3終了時にアンリミテッド・タコスのすべての選手の名前がワイアット・メイソンという名前に置き換えられるという事件が起きた(Wyatt Masoning)。このワイアット・メイソンというのは当時のタコス最悪の打者の名前である。その後、選手たちの名前をもとに戻す試みが行われたが、結果はまちまちで、完全に戻った選手もいたが、部分的にしか戻らない選手もいた。いまでもチーム名簿のなかにその名残を見ることができる。
その他。モアブ砂漠を飲み込んだ地獄の口、試合中のチーム間選手トレードを強制する異常気象・リバーブ、ブラックホール、太陽2、死者の復活、4回目のストライク。などなど。ピーナッツの神が現れてすべてを破壊しようとしたこともある(リーグが団結してこれを打ち倒した)。
「ルールから名簿まで、全てがあなたの手のなかにあります」ゲームのトップページの神々からの言葉だ。これはこのBlaseballというゲームの特性を最もよく表した言葉である。Blaseballの宇宙はコミュニティの投票によってどんどん形を変えていくのだ。
ファンメイドの伝承たち
Blaseballはブラウザゲームの部分だけで完結しているが、このゲームをめぐるムーブメントはそれだけのものではない。本作を語るなら、ファンコミュニティの活動を外すことはできない。
Blaseball Wikiの選手の個人ページ、あるいはチームのページを訪れると、そこには実際の成績やチーム遍歴とは別に、過去や裏話などのエピソードが細かく記述されている。これは全てファンによる創作である。
Blaseballはテキストベースのミニマムなゲームで、そこに選手のイラストなどは全くなく、試合も起こったプレーだけが淡々とテキストで描写されているだけである。
しかしファンはこの簡素なテキストゲームにドラマを見出し、膨大なテキストやファンアートにして出力しているのである。例えば……。
禁じられた本へのアクセスによりモアブ砂漠はヘルマウスに飲み込まれた。この出来事により、この地域をホームとしているチームのモアブ・サンビームスはヘルマウス・サンビームスになった。ここまではゲーム内で描写されている事実である。そしてここからが創作。ヘルマウスに住むものは環境に適応するために肉体の変化を与えられる。サンビームスの選手の一部もこの適応をしている。ヘルマウス周辺にはヘルマウスに来るな!ということを来訪者に伝えるための看板が置いてある(Hellmouth Anti-Tourism Board)。そこには恐怖や吐き気を感じさせるようなことが描かれている。
メキシコのワイルドウィングス(わたしの贔屓のチームだ)のホームグラウンドはBucketと呼ばれるスタジアム。球場は半分地下に埋まっていて、内部は迷路のようになっている。投手のラファエル・デイビッドは吸血鬼という噂がある。打者(元投手)のバーク・ゴンザレスは空気力学の専門家で、現在の彼は代替現実の少し年老いたバージョンである(強いんだこいつが)。
先ほど話題にしたワイアット・メイソンは名前変更などのいろいろを経て、現在はNaNという名前でプレイしている。彼に人間の肉体はなく、ファンアートでは人型の影のような姿で描かれている。
……このように、ゲーム内で提示された情報や実際に起きた出来事の殆どにファンメイドのロアがくっついている。妙な熱量から生み出される、ファンメイドならではの多様な創作設定の数々には毎度ギョッとさせられてしまう。
コミュニティの活動は創作設定やファンアートだけにとどまらない。ゲーム内チーム、シアトル・ガレージズのファンが集まって結成したロックバンドThe Garagesの音楽は、無数のファン創作のなかで最もクールなもののひとつだ。ギターの絵文字が特徴的な「スメルズ・ライク・チームスピリット」をモットーとした(現在は「Park it!」に変わっているが)ガレージズ。そこにグランジのファンが集まって、Blaseballでの出来事や選手に関しての曲を作るのは自然なことだろう。詳しくはBandcampでの彼らについての記事が詳しい。音源はBandcampやSpotifyなどで聴くことができる。ぼくは普段こういう曲は聴かないので、豊かな言葉で彼らの音楽を語ることはできないが、なんだかスゴく琴線に触れるものがある。
超健全で明るいコミュニティ
Blaseballのコミュニティは珍妙に見えるが、その実、かなり明るく健全でしっかりした場である。
ビデオゲームのファンはみな習熟した大人だろうか?ゲームを愛し隣人を愛する健全な人間の集まりだろうか?野球のファンは?選手がそうしているように、スポーツマンシップに則った明るいファン活動をしているものが大部分だろうか?
野球やビデオゲームのファンが実際にどうかはわからないが(人によるだろう)、Blaseballは非常に開けたコミュニティを持っているのではないだろうか。公式のDiscordサーバーでは違うチームを応援するファンたちが同じ場所で試合を観戦しながらワイワイしているのを見ることができる。ミーム画像やファンメイドのネタを飛ばし合い、選手が焼却されたらファンアートを描いてその死を悲しむ。みんな仲良く、ノーサイドという感じである。
差別ダメ、暴言ダメ、というように、開発チーム側からサーバーのルールをきっちりと定められてることも大きいだろう。しかもこのゲームのファンはみんな、こざっぱりとしたテキスト情報のなかに無限のドラマを見出す者たちである。悪いやつも少ないのだと思う。
なんで人々はこれに夢中になってるの?
想像力をくすぐるテキストベースの試合、選挙によって追加される世界のルール、熱狂的で健全なファンコミュニティの創作。これら3つの柱が絡み合い相互に作用しながらドラマと混沌を生み出し続ける。これがBlaseballの魅力の大部分である。だが昨年から続くこのゲームをめぐるムーブメントはそれだけではないと思う。
2020年は分断と孤立の年である。ロックダウン、ステイホーム。人と人との対面でのコミュニケーションは大きく制限され、スポーツの大会も中止だとか無観客だとかである。人々は苛立ち、不安になり、それぞれストレスを抱えた。そこに現れたのがBlaseballだ。
人々が観戦するのは架空のチームによるふざけた試合だが、そこには実際の野球観戦がもたらすような様々な繋がりがある。見知らぬファンたちと一緒に同じチームを応援し、選手たちのプレイのひとつひとつに注目し、賭けの成否に一喜一憂する。そういった、ゲームから生まれたコミュニケーションに人々はかなり救われたのではないだろうか。『あつまれ どうぶつの森』と同じである。ヒューゴー賞候補に選ばれたのも、そういう部分が評価されたのかもしれない。
これからBlaseballに参加したいあなたへ
この記事を読んで、この混沌としたBlaseballの宇宙へと飛び込んでみたいと思ったあなたへ。Blaseballは開かれた世界である。あなたは何をしてもいい。
ファンコミュニティを覗き、みんなといっしょに贔屓のチームを応援してもいい。プレイヤーが焼却されたときに「RIV」なんて言って悲しんでもいい(Rest in Violence。なぜかよく使われる)。自分の解釈でファンアートやロアを創作してもいい。
もちろん、コミュニティに積極的に参加せず、ブラウザ上で行われているゲームだけ追ってひっそりと賭けを楽しんでもいい。マグス・バナナナナナ(名前)が投げ、ミカン・ハンマー(名前)が打ち、ピーナッツが空から降り、鮭が川を上り、悪のアンパイアが選手を焼き殺す。試合の結果は4.3対1。そういった濃ゆい情報が淡々と流れていくのを見て、お気に入りのチームが買ったり負けたりするのを見て一喜一憂するだけで楽しいはずだ。
Blaseballは先日17シーズンが終わったところだ。このシーズンでは法令「Library」が採択されて、これからBlaseballの古代の歴史が明らかになることとなった。それと、2度の焼却と2度の復活を経験したチョービー・ソウルは3度目の焼却を受けた。
過去のシーズンで起こってきたような、禁断の本を開くとかピーナッツの神が怒るとか、そういうレベルの出来事がこれからバンバン起こるとは考えにくいが、それでもまだまだオモシロイ。
創造性と不条理に満ちた、この奇妙なBlaseballユニバースはまだまだ発展途上である。飛び込むなら早ければ早いほどいいだろう。この世界はあなたの参加を待っている。シーズン18は5月10日から開始される。あなたも今すぐプレイボールである。
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