荒天の彼

****************************************

Perch.のお手紙 #106

****************************************


「雨女」とか、「晴れ男」とか、私はそういうのはあまり信じない。


自分が「晴れ女」だと思っていて雨が降ったらなんだか自分にがっかりしそうだし、そもそもそういう「自分ってラッキー!」みたいなオプティミストでは、全然ない、自信もない。


しかしながら、あの彼は雨男だったなぁ、間違いなく、と思える1人が1人だけいる。


若かった頃に遠距離恋愛みたいな感じで付き合っていた彼は、芸術活動みたいなことをしていて、創るものもかっこよく、本人もかっこよく、そして間違いなく「雨男」であった。


正しくは、大雪の日も、嵐の日も、暴風の日も、逆に暑過ぎて死にそうな日もあったから、荒天の日の男、略して「荒男」だったんだと思う。


もしくはよく言われる、相性みたいな、人間のケミストリーにより、私と彼の掛け合わせが荒天を呼んでいたのかもしれない。


そんなわけで、彼との思い出は、彼が芸術活動の一貫として訪れる日本各地の、荒れ狂った天気と共に記憶されていて、残る写真は、押し並べて、全部が灰色で、今となっては最高に笑える。


封鎖寸前の時速10キロで走る豪雪の高速道路、風が強過ぎて飛ばない飛行機、海の一切見えない曇天の海岸線の道、季節外れの凍結、季節外れの低温、季節外れの高温、季節外れの雪、季節外れの…。


にも関わらず、それぞれの家に到着した翌朝には、荒天の旅先で撮ってくれた、波打ち際で髪がボーボーになびいていたり、寒過ぎて外に出られないホテルで読書していたり、暑過ぎて信じられない露出度の服の、大雪で他にお客さんが1人もいなかったレストランの、私の写真と一緒に「たのしかったね」と送ってくれるのだった。


あんなにも荒天で、けれどもいつもたのしそうだった彼のことが懐かしい。



今は遠い彼の地で、結婚をして、子供も何人か持ったらしい、と風の噂に聞いた。


荒天は、同じ音読みで、好天もあるなぁ、と気づいた。


彼の毎日が、好天続きである様に、荒天の日には、今でもそっと祈ってみたりする。