自由に思うままに描けばいい。
知人の個展に行ってきた。
在廊されているタイミングにちょうど時間間に合って飛び込めてよかった。
作品はこんな感じで、基本はアクリルだけど、ベースの上は描いたり塗ったり流したり散らしたり貼ったりとか、いろんなやり方でつくられている。
何か描きたいものを描いているという感じではなくて、そのときの気分のままに描いてみて、好きなように手を動かしていくみたい。
そこから浮かんできたものを形にしたりしなかったり。
めっちゃ大変な描き方を思いついちゃってしんどくなりながら描いたりしてるときもある、とかも話していて、発想と自由さとストイックさが好きだなぁと思った。
ライブペインティングもやったり、そこからまた足したりとか、いろんなことされていて楽しそうでいいなぁと思う。
お子様たちの作品もあって、それぞれ自由で個性的で素敵だなぁと思った。
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展示されてたカフェのはじっこに、ワークスペースみたいな場所も用意されていて、小さな子供たちが絵の具で遊んでいた。
片付けようとしていたら、もっと描く!と描きはじめて。
すごい夢中になって黙々と描いていて、楽しそうにぺたぺたと手を動かしていた。
幼稚園くらいの子とか、もっと小さい子が、大人の手も借りずに(多分そこで前にも描いたからだとは思うけども)、好きなようにやりたいように描いてるの。
描き終わったら嬉しそうにお母さんやまわりの人に見せにいくの。
カラフルで楽しそうな作品ができあがっていた。
ちょっとお姉さんな子は、描きたいものを描いたんだろうなと思われる、ちょっと具象化された作品だったり、ほんとちっちゃな子は好きな色や筆の感じを楽しんだのかなというような作品だったり、それぞれ。
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小夏さんのお子さんたちも、その場で描いていた子たちも、それぞれ個性的な作品をつくっていて、多分楽しんでのびのび描いているんだろうなぁというのが、いいなと思う。
こう描かなければならない、このように描くものだ、みたいな概念がなければ、こんなに自由に楽しく描けるんだよなぁと思う。
それは、この子たちがすごいんじゃなくて、みんなもともとはそうだったはずなのだ。
それぞれひとりひとりが、同じものを見ていても、同じように見えるのではないし、同じものを描いたり伝えたりしようとしても同じような表現になるものじゃない。
それなのに、こういうのが一般的、というようなものが、勝手につくられていたり暗黙に示されていたりして、そこに合わせるのが普通みたいになって、窮屈でつまらないものになってしまったりする。
見えたように見えるのでいいし、描きたいように描くのでいいじゃん?
自分にはそう見えているっていうのは、自分には正しいし。
こんな風に伝えたいと思うのは、自分にとっては正しい。
きれいに整ったように、客観的に見える形や色に描くのが正しいわけじゃない。
みんながよさそうと思うように合わせて表現しなくていい。
もっと自由に好きなように思うままに描いたらいいよね。
絵の話だけど(絵とかは特に思うけど)絵だけはない話。
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