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【演劇】世田谷パブリックシアター『終わりのない』

人が一歩前に踏み出す瞬間が好きだ。

たとえそれが、どんなに小さな一歩でも。

いや、小さければ小さいほど、私は感動してしまうのかもしれない。

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11月23日、兵庫県立芸術文化センターで上演された、世田谷パブリックシアター『終わりのない』。

このお芝居は、ひとことで言うと、両親に反抗するひきこもりの青年が、両親に「お仕事頑張ってね」と言うまでのお話。

とても小さな一歩。でも、私は泣いてしまった。まわりの観客も目頭を押さえていた。

そうさせるエネルギーが彼にはあった。舞台が光って見えた。ことばの音圧に圧倒された。

青年を演じるのは、山田裕貴くん。

NHK朝ドラ「なつぞら」で、和菓子屋の息子「雪次郎」を演じ、その後トーク番組で懐っこいキャラを見せて人気急上昇中の俳優さん。

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「やっぱり母ちゃんのカレーが世界で一番うめえ」

カレーくらい、いくらでも作ってあげるよ!! 

うちのカレー、バーモンドカレーですけど、いいですか? (おまえの息子ではない)

はあ、可愛いぃぃ。

「なつぞら」の北海道時代から「この子は今のうちに観ておかないとチケット取れなくなる」と直感し、速攻予約。案の定、先行販売の時点でチケットは残り少なく、人気の高さを実感しました。結果、自意識に悩まされる青年役という、「今しか見れない」山田裕貴くんを観られて最高でした。

さて、舞台「終わりのない」。重なり合ういくつもの線を一本の線に要約できるのは、物語の構造がしっかりしているということ。これは神話の構造になぞらえた、典型的な「ゆきてかえりし」物語。英雄譚。

主人公ユーリは、不慮の事故などで死ぬたびに、自分と同じ容姿の他人に魂が乗り移る。その意識の旅は時空をも超え、1000年後の宇宙船クルーに、さらには「もしかしたらあり得たかもしれない」もうひとつの人生にも「転生」する。

ユーリは旅の途中、死の恐怖に遭遇する。それを知恵と勇気で乗り越え、元の世界に帰ってくる。そこで発した言葉が、冒頭で紹介した両親に対する言葉、「お仕事頑張って」だったのだ。

実はユーリの両親は、量子物理学の研究者と環境活動家。地球が人間の住めない星になる前に、環境活動、量子コンピューターの研究を頑張って、と精一杯の言葉で伝える。

どの英雄譚もそうであるように、英雄は恐怖の旅を乗り越え、「仲間の益となる宝物」を携えて元の世界に戻ってくる。「諦めないで、お仕事頑張って。いつかそれが人類を救うから」それは、ユーリが未来の世界で出会った、一人の人間から預かったメッセージだった。そのメッセージこそが、英雄が元の世界に持ち帰った「宝物」だったのだ。

量子物理学、観測者効果、シュレーディンガーの猫。それらのモチーフをもとにストーリーは展開されるが、そんな専門用語に馴染みのない層にもダイレクトに響く、ストレートなメッセージ「人類を救えるのは、人類だけだから」。そこで、「よし、分かった。私も環境問題に真剣に取り組もう」と思った向きもいらっしゃるだろう。私もレジ袋を断ろうと思う。しかし、私が一番感銘を受けたのは、もうひとつのメッセージだった。

太古の昔、人間は宇宙や自然、神、そして他の人間と一体だった。個としての意識はなく、神の声が命じるままに行動していた。しかしある時から、人間は神から切り離されてしまった。ちょうど、子どもの時には持っていた直感やひらめきが大人になって失われるように。人間は神から自由になった。でも、同時に孤独になった。死ぬのが怖くなった。

ひとりで立たなければならない。ひとりで歩いていかなければならない。

でも、大丈夫。人間には「ひらめき」という形でまだ神とつながっている。そこから多くの情報を引き出し、活用することができる。そして、魂は無意識を通じて、誰かと繋がっている。会った瞬間にこの人だと分かる、魂の片割れ、もうひとりの自分に。

ユーリの魂の片割れとも言える恋人「アン」が、ユーリの幼少の頃の「ひらめき」の声を演じるという演出で、このようなメッセージが伝わってくる。確固とした世界観の上に、緻密に構築された美しい脚本、美しい演出。ぜひ再演に再演を重ね、永く引き継いでいってほしいお芝居だと思った。3回のアンコール、スタンディングオベーションが、多くの人がそう感じたことを証明していた。

人が一歩前に踏み出す瞬間が好きだ。

たとえそれが、どんなに小さな一歩でも。

なぜ、それが大きな感動を生むのか? 次回はそれを分析してみたい。

(あと、最後に、観た人へ訊きたい。AI「ダン」役の俳優さんの演技、すごくないですか!? マザーコンピューターから切断される前と後の演技の違い、凄くないですか? 切断前だってそんなにいかにもAIっぽい演技じゃなかったのに、あの切断後の「人間らしさ」は何? 何が違うの? 身体の動き? 声? 誰か教えて! 浜田信也さん? 要チェックですわよ!)

#演劇 #世田谷パブリックシアター #前川知大 #イキウメ #山田裕貴 #浜田信也

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