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長い終わりのあとに

20年間続けてきた仕事を終わりにした。念のため書いておくと占いではない、別の職業のことである。一番好きなことを仕事にして、夢だったことも叶って、多分一生続けていくんだろうなと思っていたしオファーもいただけていた。けれど2年ほど前に、自分のなかで「もう充分にやった」と思ってしまった瞬間があった。そのときは「まあ長くやってきたし、そういうこともあるだろう」と気にも留めなかった。しかし、である。違和感はどんどん大きくなっていき、「これから」を広げにくくなってしまったのだ。そうした自分を見て見ぬふりはできなかったし、第一私を信じてくださるクライアントに失礼だ。仮にも20年間愛してきた天職に、こうした気持ちを抱えながら携わりたくはなかった。

かくして私は咲き終わったシクラメンの花がらを摘むように、たくさんあった仕事をひとつひとつ「終わり」にさせていただいた。最後まで言えずにいたお客様に、これまでの感謝とともにお伝えできたのは、奇しくも自分の星座で月食(満月)が起こる前日のこと。満月は「満ちる」タイミングであり、現状を見つめて次を考えるときだ。月食はさらにそのパワーが強まる。ここでと意図していたわけではないけれど、いい区切りとなった。

さあ、これからは占いという天職一本となる。後悔も心残りもひとつもなくて、ただこれからが楽しみなだけ。ゆっくり2年迷い続けて、ひとつひとつ丁寧に自分の道を選べた自分に感謝を。大丈夫、きみならできる。シクラメンはきちんと手入れをして健康な根を保てば、また新しい花を咲かせる。私の根っこがくさることなく、きちんと私でいることが、なによりも大事なのだ。

長いおわりの2年間、折りに触れ読み返していた詩を引用させていただく。

翻訳  森雪之丞

きりもなくあることが憂鬱だったのに
残り僅かになるとそれは
後悔と未練に埋め尽くされてしまって
もう過去の顔をしている
未来とはそんなもの

そばにあると光や微笑みに溶けていて
それが何なのかさえ忘れているのに
失くしたあと胸にぽっかり開いた穴で
どんなに大きなものだったか気づく
愛とはそんなもの

届かないうちは宝石のように眩しく
5cm指を伸ばそうと躍起になるのに
摑めばそれは黒く尖った化石にすぎず
手の平にうっすらと血を滲ませるだけ
夢とはそんなもの

遠い昔から
世界中の先人たちが世界中の言葉で
私たちに伝えてくれていたこと
なのに私はそれらを
虚しさや悲しさや痛みに翻訳し
何十年もかかって漸く理解した

ほんのひととき素顔に戻ってくれた未来と
何かわからないままでいてくれる愛と
幻影であっても輝き続けてくれる夢を抱いて
さて私は
最後の冒険に出かけることにしよう

『扉のかたちをした闇』江國香織・森雪之丞(小学館)







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