ヒハマタノボリクリカエス 15

 酒だ、酒。
 呑まないとやっていられない。
 「トレインスポッティング」にはまともな人がいない。私なんてこの人達に比べたら、まったくもって普通の人間だ。
 ユキさんがゴンちゃんの手によって、右耳に穴を開けてもらっている。ゴンちゃんは白いマスクをし、ゴム手袋を装着して作業を行っている。患部にまずつけるのは、市販の消毒液。これが今日の目的らしかったけど、私はとてもその工程を直視できなかった。
 ユキさんは痛がりもせず、平然とタバコを吸っている。
 いや、痛いでしょう。
 だって耳の上の方だよ。
 作業を終えると、ゴンちゃんがいろいろこれから一週間で注意することを説明した。こまめに消毒液を使って清潔に保つ、リングははずさない、酒は控えるなど。
 そう言われた傍からユキさんは酒を口にする。
 そして誰もつっこまない。
 おいっ。
 ああ、ちょっとばかり酔ってきたかも。
 私はまだ飲酒経験は浅いけど、だいたい自分が酔っているか、まだ酔っていないかわかる方だ。
 今日は確か、親が帰ってくるのは遅かったと思う。それなら早めに帰って布団を被っていたら飲酒はばれないだろう。これでも両親の前では真面目な高校生という設定になっているのだ。
 たまには外に出るのもいいかもね。
 部屋でずっとベッドのなかにいても、何も起きないし、誰にも会わない。
 ゴンちゃんになんて絶対会えないし、ボブにも会えなかっただろう。
 二、三時間は店にいたと思う。
 時間は一瞬に過ぎた気がする。
 部屋に一人でいる二時間と、この二時間は同じだけど、こうして外に出た方が有意義なこともわかっていると、そう今日は思える。
 しかし、明日になるとわからない。
 明日も私は、時間を一瞬に感じられるのだろうか。
 そういえば、ハルって香水をつけない。
 私の隣にハルが座っている。
 店にいるのはこれぐらいの時間が限界だった。
 愛想笑いを浮かべ、人の話に相槌を打っていられる時間。だんだん笑顔が作れなくなるのがわかり、酒をもってしても不可能になる寸前で、私は店を出た。
 私は門限があるからって一人で出てきたけど、ハルがついてきてくれた。
 嬉しかった。
 ユキさんは彼氏が迎えに来てくれるらしいから問題ないと、一緒に電車に乗ってくれた。
 窓の外に、夕日を浴びたビルが並んでいる。車内はスーツ姿の働きマンが多数を占めていた。みんなひどく疲れているように携帯を見ている。
「薬、飲んだ?」
「あ、夕方の分は飲んでいないや」
「降りたら水買って飲もう」
「うん。ありがとう」
 駅に着くとミネラルウォーターを購入し、すぐに薬を飲んだ。
 服用後すぐに効果はないけど、かなり落ちつけた。
 今の私は薬なしでは生きていられない。
 ワタシプラスクスリ。
 本当に、私はどうなってしまったのだろう。
 ついこの前までは、薬なんて飲まなくてもずっと騒げたっていうのに。
 現在の私はどうだろう。
 薬なしでは笑えなくなってしまった。
 私は治るのだろうか。
 このまま、一生こんな感じなのかな。
 このまま、ずっとずっと薬なしでは生きられないのかな。
 私はどうしてウツになってしまったのかな。
 ウツ。

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