ヒハマタノボリクリカエス16

 私はハルに申し訳がなかった。
 きっと、まだみんなと一緒にお酒を呑んでいたかったと思う。それが、私のせいで、途中で離脱するはめにになった。私がハルなら、つまらない女、空気の読めない女って思うに違いない。
 ハルはバイクで送ってくれると言った。
 私はそれに甘えた。ハルとバイクが置いてあるタカシの家まで歩いた。
 まだ夜ではないから、駅前は人もたくさんいる。
 私には、彼らがみんな幸せに満ち溢れているように映った。
 どうして私なのだろう。
 笑いながら歩く前のカップルじゃなくて、歩きタバコをしているバカなおっさんじゃなくて、どうして私なのだろう。
 ハルはゆっくり、何も話しかけずに横を歩いてくれた。そのハルのやさしさがとても嬉しかった。
 今は楽しい会話などできそうもないから、かなり助かった。ここで、大丈夫?とか何度も声をかけられたら困ってしまうところだ。
 無言だけど、そのハルのやさしさのおかげで私は歩けた。
 この道が、ずっとずっと続いとくれるといいのに。
 家に帰りたいけど、帰りたくない。
 自分の部屋にいると私は安心する。
 何をするのでもなく、ただ寝ているだけ私の落ち着けるヒトトキだった。
 今は、それに近い安心感があった。
 ハルって不思議な人だ。
 早く着いてほしいけど、早く着いてほしくない。
「ハル、ごめんね」
「ん?」
「まだあの店にいたかったよね。それが私のせいでこんなに早く帰ることになってしまって、ごめんね」
「ああ、気にするな。あそこはバイト先から近いからいつでもいけるし。それに、今日はただついて行っただけだし、俺はいい」
「ありがとう、ユキさんにも謝らないと」
「あいつなら大丈夫。あいつ、ミホのこと気に入っているみたいだぜ」
「え?そうなの。てっきり嫌われていると思っていた。だって、あまり喋らなかったし」
「気に入った人間になればなるほど無口になる。彼氏といる時なんて、ほとんど会話なんてないし」
「喋らないの?そんなのあり?」
「アリ、じゃないかな」
 その言い方がおかしくて、ちょっと笑いそうになった。
 バイクはゆっくり走った。
 なんだ、初めからやさしい運転できるのですね。
 信号でも自然に減速して停止するので、目を閉じてドライブする余裕があった。
 私、やっぱりバイク好きかも。
 ハルは私の家の近くの公園まで送ってくれた。
 地面に足を着けた途端、急にこのまま別れたくなくなった。
 まだ一緒にいたい。
 まだもっと喋りたい。
「ハル、コーヒー奢るよ」
「ん?どうして?」
「送ってくれたお礼」
「いいよ。そういうの、いらない。それよりまた遊ぼう」
「うん、遊ぼう。けど今日は買わせて。ほら、そこに自動販売機あるでしょう」
 ハルは自動販売機の方を振り返った。
 自動販売機のすぐ近くにあるベンチも目に入ったかもしれない。
「わかった。じゃあお願い。けどコーヒーじゃなくてコーラがいい」
 すんなりハルは承諾してくれた。
「コーラ?」
「うん、コーヒー苦手」
「子供みたいだね、コーヒームリなの」
「何か言った?嫌いなものは仕方ないだろう」
 ハルはそう言うと、さっさと公園のなかに入った。
 それにしても、コーヒーが嫌いなんてかわいい。
 コーラと自分用のコーヒーを購入し、私達はベンチに座った。
 なんてことはない児童公園。
 小さなベンチにお飾り程度の遊具。そういえばここに来るのって久しぶりかもしれない。公園で遊んだ記憶って小学生以来ないと思う。
 座ったものの、何を話そう。
 とりあえず、コーヒーを啜る。
 もう一度啜る。
 さらに飲む。
 横目でハルの様子を伺ってみる。
 ハルはおいしそうにコーラを飲んでいた。
 喉乾いていた。
「私、どうしてウツになってしまったのだろう」
 ハルは缶をベンチに置き、空を見上げた。
「ねえ、どうして私なのかな。私ってさ、普通の、どこにでもいるやる気のない高校生だったのだよ。適当に授業を受けて、適当に遊んで、大学だって適当に遊んで、まだやりたい仕事なんて決められないガキ。私ってどうしちゃったのかな。騒いだりするのなんて当たり前だったのに。それが、ぶっちゃけると、最後は一秒でもあの場にいたくなかった。あ、嫌いじゃないからね、本当、嫌いじゃないけど」
「わかる」
「ウツってどうしたら治るのかな」
「時間、かな。焦らす、まずそれを受け入れるのが大事だと思う。あとは、何もやらない、何もしないのが一番の治療法らしい」
「焦ってしまうよ。この年って人生のなかで特に楽しい時期なはずだよね?絶対そう。それが私ってさ、ずっと家で寝ているだけだよ。たまにこうして遊んでも、途中でリタイアするなんて。ハルはどうして治ったの?大変だったよね」
「大変だった。だからその気持ち、わかるよ。俺に、タカシ、ユキ、テツは、もう仲間だよ。ゆっくりウツと付き合っていこう。な、俺たちがいるから。番号、交換しよう」
「うん」
 ハルに電話番号を教えてもらった。
「辛いとき、電話しな。すぐに来るから。辛くなくても電話しな。すぐに来るから」
「ハル、やさしいね」
 なんだか泣けてきた。
 目から涙がこぼれ落ちた。一度流れたら、意思とは関係なくあとからあとから、どこからともなく涙がやってくる。
 私は男の人の前で簡単に泣く女が嫌いで、付き合っても彼氏と一緒にいる時に涙を流したことなんてなかった。でも、もう止められない。
 ああ、重い女だよね。
 ハルはそっと私の肩に手を触れ、私を引き寄せた。
 私はハルのなかでさらに泣いた。
「ハル、やさしいね」
「そう?」
「だからもてるんだよね」
「関係ないだろう」
「でも、ほかの子にもしているよね」
「しねーよ。黙れ」
 やさしい手だった。
 ハルはやさしく私の頭をなぜてくれた。
 もう何も言えない。

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