ヒハマタノボリクリカエス 18

 学校はクソつまらない。
 クソなんて言葉、口には出さないけど。
 ココロのなかでだけ思っている。
 とにかくクソ。
 時間の無駄。
 今は出席日数のためだけに登校をしている。
 サエコ達とも距離を置くようになったのはよかった。これでサエコ達と毎日学校以外で喋っていたら、多分誰かを殴っていただろう。
 クソみたいな学校の、クソみたいな授業のあと、家に帰る途中、寄り道をした。
 駅前の大型書店。
 目的は本の立ち読み。
 哲学コーナーの本を次から次へと手にとった。
 ページをめくり、私は答えを探した。
 けど、答えなんてどこにもなかった。
 どれもこれもココロには行ってこない。
 薄い言葉に思えてしまう。
 生きるって何?
 鬱病についての本も読んでみた。
 まず思いのほか多くの書籍が出版されていることに驚いた。
 ウツってメジャーなのか。
 三十分読んで何も購入せずに本屋をあとにした。
 書店が入っているビルの二階から屋根つきのスロープが延び、駅と繋がっている。
 私が二階から駅に向かおうとしたところ、見覚えのある顔を発見した。ちょうど、その人もこちらを眺めていた。
「畠山」
「武田君?」
 やっぱり、武田君だった。
 彼の所まで駆け寄り、声をかけた。
「久しぶり」
 彼の名前は武田修二。中学が同じで、彼は三年生の時に生徒会長を務め、私が書記を担当していたこともあってよく喋っていた。頭がかなり良かったので、進学校に行ったと誰かから教えてもらっていたが、それから先、彼の情報は途絶えていた。
 髪は伸びているけど、外見はあまり変わっていない。
 ただ。彼の右手にはタバコがあった。
 少ながらず衝撃を覚えた。
 あの武田君がタバコを吸っている。
 私の中学は真面目な子ばかりだったとは言えないところだった。男子の大半はタバコをかっこつけて吸っていたと思う。しかし、そんなかでも武田君はタバコなんかに興味を示さず、校則を守らない生徒をひどく嫌っていた記憶がある。
 武田君はおいしそうにタバコを吸い、煙を空に吐いた。
 服はもちろん高校の制服のままだ。
「久しぶり。いつ以来かな。卒業してからそういえば会っていなかったよな。変わったな」
「そうかな。どういう風に変わった?ちょっとはキレイになっているかな」
「なっている。なっている。元気そうだな」
「うん、元気だよ。武田君は?」
 実際はちっとも元気じゃないけどね。
「元気、なのかな。わからない。とりあえず学校はクソつまらないな」
「そっかあ。武田君がタバコ吸う人って、知らなかった」
「これ?別に今時珍しくないだろう。みんな吸っているし」
 武田君は手に持っていたタバコを地面に捨てると、新しいタバコに火をつけた。パッケージを見たけど、ニコチンが多く含まれているきついタバコを吸っている。
「中学の奴らなんてほとんど吸っていただろう。畠山はやらないの?」
「そうだけど。私は吸わないよ。学校、つまらない」
「おもしろくも何ともない。畠山は学校、おもしろいか?」
「ぜんっぜん。それ同感。
「だよな。ああ、つまらない。進学校だから勉強はありえないほど毎日やらないといけないし。畠山は大学に行くの?」
「うん、実はもう推薦で決まっているの」
「おお、それはいいな。よかったな」
「武田君は大学行くの?」
「俺?当然行かないといけない。本当は行きたくなんかないけど、親が行けってうるさいからさ、だるいよ」
 中学を卒業してから、いったい彼に何が起きたのだろう。確か彼は勉強が好きだったはずなのに。
 そういえば少し痩せているかもしれない。バレー部のキャプテンも務め、スポーツ万能で夏場は真っ黒になっていた肌も今は白く見える。
「俺がどういう高校に行ったか知っている?」
「うん。私達の学校からはちょっとしか行っていないよね。勉強やっぱり大変なの?」
「やばいぞ。クラスのやつら、がり勉ばっかりだし。休み時間まで勉強をしている。毎朝テストもあるし。おかげで友達になりたいって思うやつなんて一人もいないし」
「そ、そうなの。私も学校つまらないから、その気持ちわかるよ」
「中学、楽しかったよな」
「うん、楽しかったね。同窓会とかしたいね」
「同窓会、そうだな。どのクラスもまだしていないよな。していたらショックだけど。呼ばれていないことになるし」
「どこもやっていないはずだよ。やれば武田君なら呼ばれるよ。やっぱり成人式の日にやるのかもしれないね」
「成人式、か」
 武田君はもう次のタバコに手をつけた。
 かなりのヘビースモーカー。
「畠山って菊池と別れたの?」
 菊池、菊池直樹は私の元カレ。
 そういえば同じ中学だった。サイアク。
「別れたよ。その話はスルーさせて」
「あ、ごめん。今は彼氏っていないの?」
「うん、いないよ。気になる人はいるけどね」
「へえ、いいな。付き合わないの?」
「そうなればいいけどね。そうも、うまくはいかない、なかなか」
 もちろんそれはハルのことだ。
 ああ、言うのも恥ずかしい。
 好きかどうかはまだわからないけど、気になる存在。
「そうか。畠山はいいな」
「どうして?武田君は彼女いないの?」
「いない。男子校だし、勉強ばっかりだからそんな時間ない」
「そうか。紹介、しようか?」
「え?マジ?」
 この日一番武田君の目が輝いた。
 紹介するよ。何せ、私の高校のトモダチは、バカで時間だけはありあまっている子ばかりだし。
 サエコ、とかね。
「うん、マジ。武田君さえよければ」
「サンキュー。マジ頼む、お願い」
 こうなれば話は早い方がいいと、さっそく連絡先を交換した。私の携帯の中には、五人は紹介できる子がいる。武田君は頭も良いし、やさしいところも知っている。容姿も悪くはない。
「そういえば、本屋で何を買ったの?」
「本?ああ、ふらっと、好きな作家の小説を探していたけど、結局買わなかったの。武田君も本屋さんに行ったのね。参考書とか欲しかったの?」
 はい、嘘です。
 うつ病の本を探していたなんて言えない。
 多分、ハル達以外の人には絶対言わないと思う。
 言ってもどうせ理解してくれないしね。
それってけっこう悲しいけど。
 悲しいけど、それが現実だ。
「俺はそんなところかな。あ、やばい、もうこんな時間だ。予備校に遅れる。じゃあ、俺は行くから。本当に紹介してくれるよな」
「オッケー、また連絡するね」
「おう」
 そう言い残すと武田君は走り去っていった。
 武田君はこれから勉強らしい。
 それに対して、私には予定などない。
 すぐにハルに電話をかけた。
 今日は一人でこのまま帰りたくなかった。
 だって、どうせ帰っても寝るだけだし。
 武田君は辛くても勉強を頑張っている。
 私は何も頑張っていない。
 部屋で一人きりだとどうして考えてしまう。
 私は何も頑張っていない。
 すぐにハルは来てくれた。

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