ヒハマタノボリクリカエス 20

 今日は待ちに待ったハルとテートの日。
 楽しみにしていた癖に、約束の時間ぎりぎりに着いてしまった私。もうハルが先に立っていた。
 サイアク。
 反省だ。
 ウツのせいにするのはだめだけど、ウツになってから約束が守れなくなってしまっている。大抵遅刻か、もしくはドタキャン。サイアクだよね。約束をすると、直前になって行きたくても体が動いてくれなくて、どうしても部屋から出られない時があった。けど今日は、時間は守ることができた。上出来だよね。一歩前進?
 ハルはいつもの周囲から浮いた服装。昼には似合わないオーラも放っている。並んで一緒に歩いていると、すれ違いざまにハルを見た。振り返ってハルを見ている人が多くて驚いた。かっこいいからね。
 ハルが万人からかっこいいと思われるのは複雑だ。
 私はハルと釣り合っているのかな。
 ハルは気づいていないのか、慣れてしまって気にしていないのか、平然と歩いている。
 黒のサングラスに、黒のシャツ、黒いパンツ、黒い革靴。ハルだからこそ着こなせるファッション。
 デートコースは事前に聞かされていなかった。
 今日はハルが自分のお気に入りの場所を案内すると言っていたから、どこに行くか見当もつかなかった。
 まさかゴンちゃんの店には行かないよね。
 ハルならあり得るから怖い。
 まずは国際美術館だった。
 デートとしたらベタ。
 ありきたりかもしれない。
 しかし、デートで美術館を一度も訪れたことのなかった私にとってはとても新鮮だった。
 ロシアの絵画が多く展示されていた。
 そのどれもがリアルで、私のなかにあった昔の絵に対するイメージが一蹴された。
 作者なんて知らない。
 ほとんどが二百年ほど前の作品で占められている。
 写真よりも迫力があり、リアルに映る。
 小学生のころの校外学習で見た絵の景色と明らかに違う。
 あの時はどこを見ていたのだろう
 私達はゆっくりと順路通りに回った。時折ハルと作品の感想も述べ合った。ハルは専門的な言葉は使わず、無知な私にもわかるように説明してくれた。
 美術館って、ちょっとおもしろいかも。
 
美術館の次も美術館に入った。
 今度は写真展。
 場所はそんなに遠くなかったからそこまで歩いた。
 手は繋がらなかった。
 世間で話題の女性写真家による個展かと、少しバカにして立ち寄ったのが間違いだった。
 私は再び才能溢れる人間の力に圧倒された。
 色鮮やかな写真。テーマは赤らしい。
 写真ごとに被写体は異なるが、どれも強烈なオーラを放っている。うまく表現しきれない自分が恥ずかしくなるし、同時にそんな凡人さにうんざりする。
 雑誌ではよく目にしていた。
 私はほかの消費者と変わらず、ただページをめくるだけだった。しかし、今はどうだろう。
 私はしばらくその場から動けなかった。
 写真展もめちゃくちゃおもしろい。
 それはハルと一緒に観ているからなのか。
 そんなことどうでもいいか。
 だって、おもしろいのだから。
 ごちゃごちゃと、考えるのは、やめよう。
 ただ自分の感情に素直に従おう。
「ハル、写真展っておもしろいね」
「おもしろいだろう」
「うん。最高」
 写真の主役は主に人。モデルもいれば、有名人も被写体になっている。作品によって人物も背景もバラバラ。だけど、全てにおいて共通するものがあった。
 それは、被写体が輝いているっていうこと。
 眩しいとかじゃなく、堂々とモデル達が表現している。それでいて私と同年代であろう人も沢山いた。
 私はウツで悩んで何もしていないのに、同年代の彼らはこうして輝いている。
 この違いって何だろう。
 私も輝きたい。
 私も自信たっぷりにああやってカメラの前でポーズを決めている人みたいに、輝きたい。
 でも今の私にはそれは無理。
「もしかして、写真展に来るのは初めて?」
「うん。チョー感動、マジ」
「この写真、気に入った?」
「かなり、やばいね」
 少年が赤いバラの浴槽に浸かっている写真だった。大胆な構図にも目が留まったけど、何よりその少年の妖艶な佇まいに衝撃を受けた。赤で統一された化粧はしているけど最小限にとどめられていて、その魅力が化粧によるものだけではないのは素人の私でもわかる。
 年は十代後半だと思う。
 私と同じくらい。
 モデルなのかな。
 テレビで見たことないから、きっとモデルなのだろう。これから有名になるのだろうな。
 きっと彼ならすぐに注目されるに違いない。
 写真家も彼の存在感を認めていた。
 それからしばらく彼が写っている作品が続いている。
 彼の名前が気になったけど、今は知る術もない。ああいう人って、普段どんな生活をしているのだろう。
 私とはまた別世界の人だろうな。
 きっと。
 どっちかというと、ハルと同じ世界にいる人。
 彼らと私の違いって何だろう。
 どうして私はあっちの世界に行けないの。
 どうして?
 せっかくハルとデートをしているのだから、今日は、今日だけはややこしいことは考えないでおこう、うん。
 私はそう勝手にココロに刻んだ。
「ハル、この写真家好きだったの?」
「それもあるけど、この写真展の作品に出ている人の中に、知り合いがいてさ」
「嘘?マジ?ええ、それって誰?」
「秘密」
「どうしてよ。意味わかんない。教えてよ。ねえ、誰?どの人?」
「じゃあ、夜にその人に会いに行くか?」
「行く。勿論。で、誰なの?」
「秘密」
 ハルじゃなかったら確実に帰っている。
 結局誰か教えてくれなかった。
 ハルってそういう人だ。
 誰だろう。
 ていうか、誰なの。
 それにしても、ハルって何者なのだろう。
 友達や知り合いは変わった人ばかりだし。
 きっとその知り合いもかなりの変人なのだろう。
 作品展を出て、トボトボ歩きながらも、私はハルのことを考えていた。
 けれども、ハルは相変わらずだった。時々立ち止まってはビルや人を観察していた。
 自由人。
 次回作の参考にするのかな。

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