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ご機嫌なお父さん

家に帰ってきたお父さんが、なんだかご機嫌そうだった。
「サザンオールスターズって知ってるんだっけ?」
そんなの愚問だよ、と思わず悪態をついてしまったくらい、くだらない質問をされた。
「世代が違うのに知ってるのか」
今まで一緒にテレビ番組を見てきて、ときにはラジオから曲が流れてきて、わざわざ話題にするのもおかしいくらい、日常に溶け込んだ”サザンオールスターズ”という存在を知っているかどうかと、なぜあえて質問してきたのだろうか。
「いとしのエリーとか、勝手にシンドバッドでしょ」と、韓国ドラマをパソコンで見ていた私は、お父さんの顔を見ずに答える。
ご機嫌そうに、勝手にシンドバッドを口ずさむお父さん。それから、「じゃあ松任谷由美は?」「井上陽水は?」「大瀧詠一も知ってるのか。あれは家にあるアルバムさえ知ってれば完璧だ」「かぐや姫は……神田川を歌っていたな、そういえば」
お父さんはいろいろな歌手を知っているかどうか尋ねてきた。パソコンの画面を見ながら、曲名やワンフレーズを口ずさみ、答える私。
「最後に一つ。チェッカーズは?」

去年、祖父の家から2人でドライブして帰ってきたときに、お父さんのリクエストで流したチェッカーズの「ジュリアに傷心」。このときはじめて、お父さんがチェッカーズのファンだったことを知った。

「知ってるよ。お父さん、車の中で流してたじゃん」
「え?そうだっけ?覚えてないなあ」
覚えていないことを、寂しそうにはしていない。背中越しに、ご機嫌な様子が伝わってくる。

どうしてお父さんは、愚問といえるほどのくだらない質問をしてきたのだろうか。会社でいいことでもあったのかと、さりげなく話を広げてみようとしたけれど、やめた。きっとお父さんはちゃんと話してくれない、と思った。
せめて、ご機嫌なお父さんと会話を広げようと、この前彼氏がカラオケでチェッカーズを歌っていたことを教えようとして、やめた。

そういえば結局、お父さんがどれほどご機嫌だったのか、ちゃんと表情を確認していなかった。声のトーンと、質問の多さと、口ずさむ歌声。それだけで、ご機嫌なことが伝わってきた。
お父さんは、今日あったいいことを誰かに話しているのだろうか。それとも、これまでの人生でずっと、一人で噛み締めてきたのだろうか。
私は近いうちに、聞いてあげられるのだろうか。

隣の部屋から、お父さんのいびきが聞こえてくる。