祖父母が住んでいた先祖代々からの古い屋敷を取り壊したら床の間の床下に祠が埋めてあった(2話)
スナックを後にした私は、アパートに帰ると、3年ぶりに実家の母に電話をかけた。母と仲違いしていたわけではないが、自分の人生に干渉されることを煩わしく感じていた私は、自ら距離を置くようにしていた。そのせいか、母が電話に出るまでの間、出ないでほしいという気持ちと久しぶりに声を聴きたいという気持ちとがないまぜになってなんだか落ち着かなかった。
とくん、とくん
あの懐かしい音はまた、電話のコール音を聴いているはずの私の鼓膜を震わせる。やはり、故郷が私を「帰ってこい」と呼んでいる気がしてならない。
不思議な気持ちになっていると、母が電話に出た。
「もしもし、りなね?久しぶりやが。何かあったんね?」
「あ、お母さん?いや、特にどうってことはないっちゃけど、今週末さ、久しぶりにそっち帰ろうかなと思って」
「いきなり何ね?どっか具合でも悪いんね?」
「いや、そんなんじゃなくて。ちょっとそっちでのんびり休もうかなと思って」
「ばあちゃんもあんたのこと心配しちょったっちゃいよ。じいちゃんが死んでから、ばあちゃんもうちにいるのよ。じいちゃんの葬式の後のこと。知らんかったやろ?それにじいちゃんばあちゃんちはね、もう老朽化が酷いもんだから、来月取り壊すことになったっちゃが。あんたにもそのことで電話しようと思っちょったところよ」
「取り壊し?マジで。知らんかった。そうやっちゃ。私も来月また帰った方がいい?」
「うんにゃ、よかよ。あんたも仕事忙しいっちゃろ?ひとまず週末帰って来れるなら帰ってきやい。ばあちゃんもあんたの顔見たがっちょいよ」
じいちゃんばあちゃんち。取り壊しか……。
先祖代々住み継がれた、築100年を超える古い屋敷。初代は和菓子屋を営んで繁盛していたらしいが、紆余曲折あり、今の祖父母の代となっては、住み継がれた古い屋敷を継続して維持、またはリノベーションするほどの財力なんてなかった。祖母は口癖のように「もうこの屋敷も寿命やねえ」なんて言っていたけど、本当になくなってしまう日が来るのかと思うと、とても切なくなった。
とくん、とくん
私を呼ぶ音が力強くなった気がした。
週末になり、私は故郷の実家に帰った。
母は私を見るなり、痩せた痩せたと要らない心配をして、まだ昼を過ぎたばかりなのに、夕飯の支度をしはじめた。
テレビの前のソファに座る祖母は私を手招きする。
「まあ、りなね。顔を見たかったとよ。元気しちょったんね?」
「ただいま、ばあちゃん。元気だよ」
「お母さんから聞いたやろ?ばあちゃんちね、来月取り壊すとよ。とうとう寿命がきたとよ。ばあちゃんもそろそろやろうねぇ。」
「そんなこと言わないでよ。」
祖母は目に涙を浮かべていて、私はそれ以上かける言葉を見つけられなかった。
しばらくしてから、私は祖母から鍵を預かって、実家からそれほど遠くはない祖父母の家に歩いて行くことにした。
とくん、とくん
あの音は確かに大きくなって、私を導いているかのようだった。
祖父母の家の庭には秋桜が咲いていた。これももう見納めなのか、と思うと、目に焼き付けたくなった。もちろんスマホのカメラで撮ってもみたけど、それだけじゃ足りない。
とくんとくんとくんとくん
あの音が早く早くと私を急き立てる。
私は家の中に入り、床の間に走った。
とくんとくんとくんとくん
もっと聴きたいと思った。床の間の床に耳を当てると、さらにその音は胸奥に押し寄せてくる。私はとてもあたたかい気持ちになった。どうしてなのかはわからないけれど、まるで大きく包み込まれているような安心感が私を幸せな気分にさせた。
自然とゆったんの笑顔が頭に浮かんだ。
そして、あの時のゆったんの言葉が蘇った。
"りなさん、心のままに、よ。時には素直になるのが一番なの"
私は心のままに、泣くことにした。
誰にも言えない失恋をしたばかりの私は、気持ちを引きずらないように仕事を詰めて紛らわしていたのだけど、やっぱり限界がきたみたいだ。
とくん、とくん
こうやって、思う存分、涙を流すために故郷に呼ばれたのだろうか?何だかやけに大袈裟な気もしたけど、おかげで私はようやく素直に前を向ける気がした。
スマホの写真アルバムから、あの人の写真を全て消した。こんなに簡単なことを、やっとできるようになった。終わったのだ。それだけのことなのに、私の中で終わらせるのに時間がかかり過ぎた。お腹が空いて、早く母の作った夕飯を食べたいなと思った。茄子の味噌炒めとか、唐揚げとか。
実家に帰ってからも、私は誰にも床の間の音のことは言わなかった。言ったところで、子供の頃のように不思議がられるだろうし、なんなら心配されると思ったからだ。
そして、無性にゆったんに会いたくなった。今や頭の中はゆったんでいっぱいだった。
つづく
思ってたより長くなりそうでこわい笑。
めっちゃ拙いんだけど許してくれい。
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