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返却日

  【返却のお知らせ】
  利用者番号:××××××××××
    返却期限 ○月○日
  〈貸出資料〉
  ◇軒下の男
  ◇煙たい釣り人
  ◇シェフの冷たいスープ
  ◇読みたい女

  2週間前に図書館で借りた本は確かに3冊だけだったのに、本に挟んだままにしてしまっていた、貸出時に渡される返却のお知らせの紙を見返すと、そこには4冊目のタイトルがしっかり記入されていた。そんなはずは無いと思った。

   この2週間で読んだ本は確かに3冊だけだった。念の為に部屋の中をくまなく探してみたが、『読みたい女』なんてタイトルの本はどこにも無い。とても困った。公共物である図書館本を失くしたとなっては、弁償しなければならないだろうし、その本を借りた記憶も読んだ記憶も無いのに、【返却のお知らせ】にあるように、私にその本を貸し出したことを図書館側がしっかり記録してしまっているのだから、いちいち誰がどの本を借りたかなんて覚えてるわけがない図書館のスタッフは私に非があるとしか考えないだろう。

   仕方なく家中を探し回ったけれど、とうとう見つからなくて、諦めた私は、図書館に返却日の閉館時間ギリギリに出向いて、手元にある3冊だけを返すことにした。

  返却の手続きをするためにスタッフの元に向かう。私が申し訳なさそうに事情を話しても、スタッフは淡々と本の状態をチェックした後に、本に貼られたバーコードをバーコードリーダーで読み取るだけだった。

  なんだか私は見放された気分になってイライラしたので、だったらいっそ迷惑な利用者になりきってやろうと思い立ち、スタッフが聞いてもないのに、読んだ本の感想をつらつらと語りかけた。

「『軒下の男』は寡黙な方だったんですけどね、私がしつこく話しかけるうちに心を開いてくださって、なぜ自分が軒下にいるのか理由を聞かせてくださいました。それは私との秘密だからここでは話しませんけど、私の古傷まで疼いてしまうような過去をお持ちの方で……。それから、『煙たい釣り人』では孤独なヘビースモーカーのご老人が、先立たれた奥様との日々を回顧しながら、日がな一日、川釣りして過ごしていらっしゃいました。私も一緒に釣りをしないかと誘われて、初めてなのにビギナーズラックで大きな魚が釣れてしまった私にえらく嫉妬されてたのがとてもかわいらしかったんですよ。今思い出しても笑ってしまいます。『シェフの冷たいスープ』のシェフの方はね……」

  私が熱心に話していると、スタッフはバーコードリーダーを私の額にあてた。ピッ!と機械音が鳴る。そのスタッフは私の手を引いて、閉架に連れていった。私にはまだ読みたい本がたくさんあるのに。

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