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江戸の「おもてなし」

第1章:日本人のおもてなしの心

江戸時代、東京(当時の江戸)は日本の中心地として、多くの人々が暮らし、交流する場所でした。その中で育まれたのが「江戸しぐさ」という、おもてなしの心を象徴する文化です。江戸しぐさは、江戸の庶民が互いに気持ち良く暮らすために生まれた、細やかな心遣いや気配りの習慣です。江戸っ子とは進歩的な人間主義者で、和を重んじ、誰とでも付き合い、新人をいびらず、権力にこびず、人の非を突く時は下を責めず上を突く、外を飾らず中身を濃く、といった思想を持っています。こうした精神から生まれた江戸しぐさは、現代の日本でも大切にされている「おもてなし」の心そのものです。

1.1 粋なはからい

江戸しぐさにおいて「粋なはからい」は、相手に対する気遣いの一環です。粋とは「いき」、つまり生き生きとした心意気や意気地のことです。快適に暮らすための相手への気遣いこそが、江戸しぐさにおける粋なはからいであり、おもてなしの心です。例えば、道を歩いていて知り合いに出会ったら、簡単な挨拶を交わす「束の間の付き合い」や、道の7割は他人のため、自分は道の端の3割を歩く「七三歩き」などが挙げられます。これらは、日常の中で自然に行われる粋なはからいの一部です。

1.2 傘かしげ

雨の日に傘がぶつからないように、相手と反対の方向に傘を傾ける「傘かしげ」も、江戸しぐさの代表的な心遣いです。こうした小さな心遣いが、日常生活をより快適にし、人々の間に和やかな雰囲気を生み出します。同様に、こぶし一つ分のスペースを空けて席を詰める「こぶし腰浮かせ」も、他人に対する配慮を示す行動です。江戸の町では、狭い空間を多くの人々が共有していたため、こうした気遣いが自然と根付いていったのです。

第2章:おもてなしの具体例

2.1 うかつあやまり

江戸っ子の心遣いの一つに、足を踏まれた時の「うかつあやまり」があります。踏んだ側はもちろん謝りますが、踏まれた側も「うかつでした」と謝るのが習わしでした。これは、トラブルを避けるためのとっさの知恵であり、相手を責めるのではなく、自分の不注意を反省する姿勢を示しています。このように、相手への思いやりと共感を持つことで、円滑な人間関係を築くことができました。

2.2 蟹歩き

江戸の町は細い路地が網の目のように広がり、そこに大勢の人々が密集して暮らしていました。そのため、人とすれ違う時はお互いに「蟹のように横に歩いて」譲り合う「蟹歩き」が自然と行われていました。これもまた、相手に対する気遣いの一つであり、スムーズな交通を確保するための工夫でした。こうした細やかな配慮が、江戸の町の秩序を保ち、人々が快適に暮らすための基盤となっていました。

2.3 さしのべしぐさ

江戸っ子は相手の立場を理解し、相手の自主性を重んじて相談に乗り、手を貸す「さしのべしぐさ」を大切にしました。これにより、お互いの信頼関係を深め、助け合いの精神を育んでいました。朝食前に近隣の様子を見て回り、気にかかる人に声をかける「朝飯前」の習慣も、江戸っ子のおもてなしの一環です。早起きして他人を思いやる行動が、町全体の和を保つ重要な要素となっていました。

第3章:お客様をもてなす繁盛しぐさ

3.1 粋が基本

江戸しぐさは、とっさに行う瞬間芸であり、「体談」とも呼ばれます。これができる人は粋な人とされ、口のきき方、目つき、表情、身のこなしすべてが相手を思いやる行為から生まれました。京都の「粋(すい)」とは異なり、江戸の「粋(いき)」は生き生きとした意気であり、快適な生活を送るための心意気を表しています。江戸しぐさは商人たちの間で特に重視され、人付き合いの鉄則として、袖すりあう人々をお客様と考え、最高のおもてなしをする精神が根付いていました。

3.2 一期一会のお付き合い

江戸しぐさの一つに「一期一会」の精神があります。お客様と出会っている今この時は二度と巡ってこない一度だけの機会であるため、その瞬間を大切にし、最高のおもてなしをすることが求められました。これは茶道の心得である千利休の哲学でもあり、江戸しぐさの根本的な考え方です。お客様との一瞬一瞬を大切にし、心を込めて接することが、江戸時代の商人たちの成功の秘訣でした。

3.3 時間を大切にする

江戸時代の人々は日の出と日の入りを基準に生活していたため、時間は非常に貴重なものでした。相手の都合を考えずに訪れることは「時泥棒」とされ、嫌われました。お客様をもてなす際には、相手の時間を大切にすることが何よりも重要でした。また、わからないことがあった場合、「わからない」とは言わず、「お尋ねします」と謙虚に対応する姿勢も、江戸しぐさの一環として大切にされていました。

第4章:人間関係を円滑にするためのしぐさ

4.1 世辞と謙虚さ

江戸しぐさでは、挨拶言葉の後に「世辞」を言うことが重視されました。世辞とは相手を思いやる言葉であり、人間関係を円滑にするための社交辞令の第一歩です。また、江戸では相手に敬意を表すために、自分のことを「手前ども」「私ども」とへりくだって表現しました。これにより、相手に対する謙虚な気持ちを示すことができました。

4.2 三脱の教え

初対面の人には年齢、職業、地位を聞かない「三脱の教え」も、江戸しぐさの一つです。これにより、先入観なく公平な目で人を見られるようにするための心遣いです。お客様は皆平等であるという考え方が根底にあり、どんな人でも尊重し、心からのもてなしをすることが重要とされました。

4.3 明るく元気な態度

江戸の商人たちは、暗い目つきや憂鬱な表情を避け、常に明るく元気な態度を心がけました。相手に対して親しみや好意を持つ「愛想目つき」や、都合が悪い時の「おあいにく目つき」を使い分けることで、お客様にまた来てもらいたいと思わせる工夫も行われました。江戸しぐさでは、何事も陽でとらえることが基本であり、明るい心遣いが人々の間に良好な関係を築く鍵とされていました。

4.4 「へりくだりしぐさ」

江戸しぐさでは、相手によって態度を変えることを「はしたない振る舞い」として嫌いました。知ったかぶりや出しゃばりも嫌われ、常に謙虚であることが求められました。相手に対する思いやりと謙虚な姿勢が、江戸しぐさの根底にある精神であり、現代の日本においても大切にされている価値観です。

終わりに

江戸時代の人々が育んだ「江戸しぐさ」は、相手への思いやりと細やかな気遣いを重んじる文化です。このおもてなしの心は、現代の日本でも受け継がれており、日本人の社会生活の中で大きな役割を果たしています。江戸しぐさを通じて学ぶことは、他人との関係を円滑にし、互いに快適に暮らすための重要な要素です。江戸の粋なはからいを見習い、日常生活の中で心遣いを大切にしていくことで、より豊かな人間関係を築いていけるでしょう。

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