三流絵師 十一話 【短編恋愛小説】


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

十一話

明野星は死んだ。自殺だった。
それを教えてくれたのは富岡先生。あの後病院まで行ったけれど、結局会えなかった。それもそうだ。恋人でも友達でも家族でもないのだから。
明野は最後の時を何故里見と過ごしたがったのか。本人がいない今は誰にもわからない。
彼の中にどんな苦悩があったのかとか、里見がそれを聞いてやれなかったとか。
いろいろあるけれど。最後に里見にスケッチブックを渡すために旅行へ行ったのだろう。
明野星は里見を導いた。

里見はそれから、アトリエに戻った。まず、絵を描いた。
ひたすら絵を描いたその先で、里見はたくさんの人に評価された。
でもそれが人生における成功だとも思えない。たくさんの人も世界からみれば一握りだ。昔自分が憧れた芸術家たちとは到底肩も並べられない。
里見が目指した荒野の果ては、まだ見えない。
だが、里見はその先に明野がいると思うと、腹立たしさより心地よさを感じていた。
自分の芸術を好きだと言ってくれた相手が遠くで見守っていた。
明野の長い髪とか、落ち着いた声色とか、思いだしたらたまらなくなる。
そんなときは、ひっそり明野のスケッチブックを開くのだ。自分しか知らない明野先生の世界を眺める。それで先生は傍にいてくれる。

それから里見は、SNSを始めて、絵画教室も始めた。デザインの依頼やアニメーションの話も引き受けた。世の中に溶けていった里見は、名前のない芸術の一つになった。
自分が全体の文化に吸収されて、突出もしない日々の中で。
里見は社会の歯車になって、そのうち見えなくなった。
天才と謳われた芸術家だった里見を世間は忘れていった。
冒険を投げだしたい時は何度もあった。そんなときは、自分のエゴで満たされた夕闇の絵を見てやる。

ふと自分の人生を振り返って、つまらないなと思った。
それでもいい。
生きている限り、里見の無謀な挑戦は永遠に続くだろう。この結末を後悔することになるだろう。それも自分の人生だと思えた。

明野星が作品を出さなくなってから、明野の名前は静かに消えた。
里見円を知る人はいなくなった。
里見は、それから誰も好きにならなかった。そして人生の中であんな恋をすることは二度となかった。恋ができたと思い込んでいるだけだったかもしれない。でも誰も好きじゃなかった。誰かを心から殺したいと思うこともなくなった。
また里見の名が輝くときが来るかもしれない。その時は、その時を楽しもう。
今日も筆を手に取ろう。それを全ての人が称賛しないとしても。


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