Subwayってこわいよね。でも美味しいから大好き。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

とつぜんだが、皆さんはsubwayというサンドウィッチ屋さんをご存知だろうか。緑と黄色が美しい看板の、あのsubwayである。
みんな大好き美味しいサンドウィッチが売られているあのお店である。

しかし私にとっては、恐怖の代名詞であった。

我々コミュ障という生き物は、外で出来るだけ声を出さないようにして生きている。それが生き方であり、生き抜くうえで培われた知恵なのだ。
だって声なんて出して見ろ。
あっと言う間に「あっ」か「えっ」しか言えなくなる。犬の方がもっとレパートリーのある鳴き方をするだろう。
「あっ」と「はい」と「えっ」だけで会話が成立するのはコンビニか、スーパーのみ。subwayで「あっ」などと言えば、きっとパンを焼くオーブンで焼かれるに違いない。

subway以外にも恐ろしい場所はたくさん存在する。アパレルショップや美容室など。外には危険がいっぱいなのだ。
今回は特にsubwayにスポットを当ててお話していこうと思う。

subwayの一体何がそんなに恐ろしいのかだが、言わずもがな注文である。
大量の野菜たちの中から好きな野菜を選ばないといけない。それも大きな声でハッキリと。小学校の頃先生に言われ続けて来た。発表する時は大きな声を出せと。それを遺憾なく発揮する場がここである。
しかし普段から短い鳴き声しか発していない私にとって、野菜の名前を言うなんてそんな恐れ多いこと出来なかった。
ピーマンなんて言おうものなら、その後は一日中家で寝ないと回復しない。

それに唱えるのは野菜だけではない。
パンの種類やソースの話しまでしないといけないと来た。パンの種類や味付けの話しなんて、一体どうしたら初対面の店員さんにできるのだろう。もっと仲を深めないとそんなの無理だ。デートだって段階を踏んでいくだろう。
人間関係ってそういうもんじゃないのか。
しかしsubwayは最初からそれを求めてくるのだ。
どうだ。叫びながら逃げ出したくなっただろう。皆さんにも恐ろしさが伝わってきただろうか。

だがしかしけれど。非常に困ったことがある。

それは私がsubwayのサンドウィッチがものすごく好きだということだ。

前、友人に連れていかれて食べた時。その美味しさにとても感動した。その時は友人が導いてくれたので、私は長い詠唱をせずに済んだのだ。友人のおすすめのトッピングで注文したものを渡された。
シャキシャキとした野菜に、焼きたてのパン。そしてハニーマスタードのソース。サンドウィッチってこんなに素晴らしいご馳走になり得たのかと感動したものだ。
絵本や漫画で見るような、森の動物とかがピクニックに食ってそうなサンドウィッチだ。具だくさんで何より美味しい。

そんな夢のような料理が詠唱と日本円で得られるのだ。なんてすばらしい場所だろう、subway。
こうなったら修行を重ねて日本語の発声練習を済ませ、subwayで流暢に注文できるようにならなくては。友人の力を借りずとも、このくらいやってやる。
こうして私は一人でsubwayに行こうというとんでもない計画を立てたのだった。

まず関門の注文である。「いらっしゃいませー」と言われたところから勝負は始まっているのだ。いやもっと前から始まるかもしれない。行列が出来ていたら、そこに並ぶところから始まる。
「いらっしゃいませー」と言われた時、少し考える素振りを見せる。
これは非常に重要なことで、エサに食いつく鯉のように一呼吸も置かずに注文を開始するのはいけない。予め用意した呪文を一気に唱えるのは行儀が悪いことだ。
パンの種類や野菜など、ちゃんとメニューがあるので、冷静にそれに目を通す。そして「あっ・・やっぱりトマトも・・!」と言った情けない追加注文をしないように、野菜を何種類入れるか瞬時に決める。
ソースは店に入る前から決めておこう。大丈夫。何も怖くない。

全ての覚悟は決まった。金の備えも十分だ。いざsubwayと勝負をしにいくぞ。
数少ない洋服の中から一番マシな衣装を用意して、出来るだけ身なりがよくなるように踵の泥も落として出発だ。
きっとこの困難を乗り越えた後、私はより大人になっていることだろう。

店に着いた。大きなショッピングセンターの一階である。休日だからか、客が既に並んでいる。
ものすごく緊張したが、それを悟られないようしれっと列の最後尾に並んだ。前の人が手際よく注文をしている。速い。速すぎてついていけない。
とうとう自分の番が回ってくる。何てことだろう。
みんながここまで詠唱が上手かったなんて。一体どこで修業を積んだのか。
子連れのお母さんだって子供を抱いたまま早口で詠唱している。

しばらくして「ご注文をどうぞ」と言われた。おいおい。いらっしゃいませーじゃないのか。もしかしたら言われた気もするが、何も聞こえなかった。

慌ててはいけない。用意した呪文を唱えるのだ。さあ行ってごらん。ヒントは店中に転がっている。パンの種類と野菜とソースだ。
パンの種類と野菜とソース!

この時、予め決めておいた注文を変えてはいけない。たちまち「あっ」しか喋れなくなるからだ。
私は恐れおののきながらも「ハイ、エット、ハニーオーツ、ローストビーフ、ピーマン、オニオン、ハニーマスタード、イジョウデス」などと唱えることができた。
どうしよう。どこかで間違えていたら最悪だ。
相手は察していないだろうが、内心ドキドキである。ここでもし注文を言い間違えたらとか、声が小さすぎて聞き取れていなかったらとか。
そう考えると恐怖で余計に口が回らなくなる。
これだからお喋りが求められる系の店は苦手なのだ。

私の片言の呪文はしっかり届いており、数分で美味しいサンドウィッチが現れた。ああ、よかった。しっかりと顕現なさった。
そしてほんの少し勇気を出して、コロコロポテトと飲物まで頼むことができた。サンドウィッチという難関を突破した今、コロコロポテトの注文など些末なこと。飲物はコーラだ。それ以外は認めるが、今日は認めない。
コーラはハンバーガーの良き友人だが、サンドウィッチのお向かいさんである。だからコーラが正解だ。馬鹿め。
これで恥をかかずに、注文という関門を乗り越えた。これで後は楽しく食事をするのみだ。

安心したのも束の間。新たな課題が立ち塞がった。
私はすっかりサンドウィッチという食べ物の食べ方を忘れていたのである。
被りつくのが正解なのか、零れそうな野菜からそっと舌で掬いあげて食べるのが正解なのか。
食べ方なんてどうでもいいとか言うなよ。今は休日。周囲に有象無象が蔓延っているのだ。大体何で休日ってだけでこんなに人間がいるのか。
人間たちに囲まれて、下品にサンドウィッチを食らうことなど私にはできない。できるなら上品に生きたいだろう。
そのこだわりが、出来立てのサンドウィッチの前で硬直する状況を作った。

しかし数秒後にはそんな心配どうでもよくなる。どうせ一期一会。ここにいるみんな二度と会わない連中だ。どんな変な顔しててもいいじゃないか。
変顔しながらサンドウィッチにかぶりつこう。

苦労して辿り着いたサンドウィッチは最高だった。
美味しかった。夢のように。
柔らかくほんのり甘いパンに、詰め込んだ野菜の旨味がぎゅっと凝縮されたサンドウィッチとか言うふざけた食べ物。ハニーマスタードのソースがまたたまらない。何でこう、油や塩を混ぜた液体をかけただけでこんなに美味くなるのか。家では作れない味だ。美味い。
気付けば夢中でサンドウィッチを頬張っていた。多分ものすごく変な顔をしているが、食べ方なんてどうでもいい。
世の中恥じらいを捨てて、何でも楽しんだものが勝つのだ。

コロコロポテトだが、これもまた美味しかった。よーくバターの香りが染みついて、とにかくジャガイモそのものを味わいたいなら是非頼むべきである。ああ美味い。ジャガイモのことを知り尽くした人が開発したな。
この味。この風味。サイドメニューにまで妥協を許さないこの姿勢。素晴らしい。

ああ、subwayよ。私はこんなにもお前を愛しているのに。お前は毎回お喋りを求めるね。私は無口な花のような人が好きなのだ。それなのに毎回無邪気に私とお話しをしたがるなんて。まだ私たちお互いのことを殆ど知らないじゃないか。美味しいってことしか知らない。
だけど嫌いになんてなれない。こんなに美味しいのだから。
お喋りは嫌いだけど、喋ってよかったって思えたよ。

その後もいくつか問題はあった。コーラを飲んだ後の氷はどうすればいいのかとか。ポテトを食べた後にべたべたになった手はどうしようとか。まだちょっとお腹空いているけど、もう一度詠唱するのは怖いなとか。
でもまあ、全て許そう。美味しさは正義である。

subway最高。これを読んでいる誰かがいたら、是非subwayに行ってくれ。
私の生息域にはないのだ。だからわざわざ電車を乗り継いで行かなくてはならない。そのくらいする価値があの店にはある。
もし家の近くにsubwayがあるのなら、あなたはとてもラッキーだ。
直ぐに直行して購入して頬張るべきである。
しかしあなたがもし私と同じ人種なら、しっかり予行練習をするのをおすすめする。

subwayだけでなく、世の中には怖いものがたくさんあるが、怖いものに立ち向かえば、予想以上に楽しいことが待っている。
臆さずに出かけるのが良いだろう。



































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