【禍話リライト】引き寄せる村

前の話

 とある廃墟にまつわる話。


 学生時代の仲間内で、一人だけずるずると就職が決まらない奴が居たそうだ。他の面子は夏ぐらいには就職が決まり、一番へらへらしている奴などは春先に真っ先に決まっていたりする中だった事もあり、傍目からも焦りが見て取れた。どうしたものかと心配していると、卒業間際にようやく就職が決まって、これで全員無事に社会人になれると卒業したという。


 その年の夏の事。

 全員就職先が地元だったという事もあり、久しぶりに皆でまた集まってどこかに行こうかという話が持ち上がった。そこから、せっかく夏なんだし肝試しでもという流れになり、一人が「いい所を知ってるからそこに行くか」と車で出かける事になった。

 その道中、助手席に座っていたAさんは、運転手にどんなところに行くつもりかと聞いたそうだ。

「あまりマジな所に行ってもねえ」
「ああ大丈夫だよ。今向かってる所は、実は何もないって俺は知ってるんだ」

 詳しく聞くと、今から行くのは限界集落のような場所で、老人が一人か二人住んでいるのか住んでいないのか、そんな地域で昔公民館として使われていた建物なのだそうだ。
 まだ人がそれなりにいた頃から既に老朽化が始まっており、また二階建てで階段を上がるのが老人たちにはきついというのもあって、現在は別の場所を公民館として使っている。そのような建物だから確実に人は居ないし、何も起きようがない。その代わりに雰囲気は結構あるのだという。

「まあ何もないって後ろの二人には流石に言わないよ、ちょっと嘘を盛るつもり。大丈夫だから」

 後部座席には、最初に就職が決まったへらへらしている奴と、最後の最後に就職が決まった奴、その二人が座っている。この二人が結構なビビりだったそうだ。

「今から行くところはどんなところなの?」

 運転手は素知らぬ顔をして、嘘の来歴話を始めた。

「あまり外には出てないんだけどね。殺人事件があったんだよ」
「「えぇー…」」

(いくら何でもそれはちょっと盛り過ぎでは?)

「なんかね、変なカルト宗教みたいなのがあって、田舎だからそう言った事がバレないのよ。それで、その地域に引っ越してきた一家がカルト宗教を信じ込んでしまって、娘さんが家族を殺しちゃったんだって」
「うえぇ…そういうグロい話ダメなんだよ…」
「確か弟を殺したんだったかな?まあすぐに捕まるわな。娘さんは未成年だったから、その後どうなったかは知らないけど」
「うわー怖い…」

(こいつ適当な話がよくすらすら出てくるな…)

「その家のお母さんがどうなったかも良く分らないけど、お父さんがショックを受けて。なんでこんなことになったんだって。それでホームレスになって、近辺をうろついてるらしいよ」

 そんな話をしていると、目的地に着いた。


 事前に運転手から言われたネタバレの事を抜きにしても、Aさんの目にはどう見てもその建物が公民館にしか見えなかったそうだ。

 さっきまで話してたのは凄惨な事件が起きた一家の話なのに、こんなどうみても公民館な建物に着いてしまってはすぐにバレるのでは?こいつ一体どうやって嘘つくつもりなのだろうか?

 お手並み拝見とばかりに運転手を見ると、

「ここね、さっきの話に出てたカルト宗教が集会に使ってた公民館。さっき言った、ホームレスになったお父さんがこの辺うろついてるって話もあるし、事件を起こした娘さんが当時の姿のままで人を追いかけまわすって話もあるし、殺された方の小さい子の霊が出るとも言われてるんだ」
「うわぁ怖い…」

 Aさんは既に種明かしされているので、そう言われてもただの田舎の公民館にしか見えない。日中ともなれば、建物の奥でお爺さんが将棋を指していそうな雰囲気だ。

 一方、そうとは知らない二人は完全に恐怖に怯え切ってしまっており、なかなか中に入ろうとはしない。それでもAさんと運転手が先導して中に入ると、ようやく足を踏み入れたそうだ。そんな二人を見て、運転手は更に悪い事を思いついたらしい。

「あいつら二人だけをここに放置してみないか?」
「おい、いくら何でもそれは止めろよ…」
「いいから適当に理由付けてやろうぜ……
 あ!懐中電灯の電池が切れそうだ!こりゃまずい!取り換えに行ってくる!」
「えっえっ?」「ええっ!?」
「お前らはこのまま二階で待っててくれ」

 そのまま公民館から出ていく運転手の後をAさんもついて行ってしまい、結局二人を放置する形になってしまった。

「お前、よく息をするように嘘付けるな…」
「実はここに来るまでに考えてて…ああ懐中電灯はちゃんと点くから。じゃあちょっとここで見てようぜ」

 いくら人がほとんど居ないとはいえ、万が一警察の見回りが来ないとも限らない。何かを傷つけたりして面倒な事にならないように、自分たちから脅かすという事は止めておこうとなった。

「それにパニクって怪我でもされたら…」
うわあ!大変だ!

 そんな話をしている端から、二階から大声が響いてきた。
 まさか、と大慌てで二階に戻ると、さっきまで立っていた場所に二人が居ない。辺りを見回すと、一番遅くに就職決まった奴が奥の窓の近くに立って、下を覗き込みながら「大変だ!大変だ!」と叫んでいる。

「おいおい、どうしたんだよ!?」
「大変なんだよ!ほら、ここだけ窓ガラスがないんだよ!」
「本当だ…」
「それで、あいつがここに寄りかかろうとして、そのまま落ちちゃったんだよ!大変だよ!」
「ええぇー、それはちょっとヤバいじゃん!」
「頭から落ちちゃったから、二階とは言えどうかなぁ」
「待て待て待て待て、とりあえず懐中電灯で見てみよう」

 そんな話をしていると、窓の下から「イテテテテ…」という声が聞こえてきた。声の感じからすると、当初想定したよりは比較的軽傷そうな、元気な声だったそうだ。

「良かった…この感じだと怪我はしてそうだけど、最悪のパターンではなさそうだな」

 Aさんと運転手が安堵した瞬間、さっきまで「大変だ!」と叫んでいた奴が急に鬼のような形相になり、窓の下をキッと一睨みし、近くのAさんと運転手を突き飛ばさん勢いで下に向かい始めた。その様子を見て、二人ともとっさに逆に突き飛ばし返して、窓の下に落ちたやつを助けに向かった。


「大丈夫かおい!」

 後方を警戒しながら落下地点に着いたが、なぜか追いかけてくる気配は無かったそうだ。

「イテテテテ…」

 体を診た所、落下した時に手から落ちたのか、手だけ少し変な方向にねじれていたものの、他は切り傷擦り傷程度だったらしい。

「大丈夫か?」
「あいつがさあ、いきなり突き落としてきたんだよ!」
「やっぱり…」

 もしかして、あいつだけ中々就職が決まらない中で、真っ先にこいつが就職決まってしまって、それを内心ずっと恨んでたんじゃないか。そして今日たまたま二人きりになり、たまたま近くに窓ガラスがない窓があって、思わず突き飛ばしてしまったんじゃないか。

 Aさんと運転手は同時にそう思い至ったらしい。


 そういった事情はともかく、怪我人をこのままにはしておけない。車に載せて、すぐにでも病院に向かおうと思ったのだが、何故か突き飛ばした張本人が中々建物から出てこない。

「とにかくあいつが突き飛ばしたのは間違いないし、このままほっといて何かトラブルが起きるのも嫌だから、お前らだけで病院に行ってくれ。俺はちょっとこの辺探すから」

 怪我人の事は運転手に任せ、Aさんは公民館の中に戻った。


 突き飛ばしの起きた二階の窓に向かったものの、そこには誰も居なかった。念のため窓の下も確認したが、そこにも落ちては居なそうだ。

 自分が突き落としたのがバレて、後悔の念とか気まずさとかでどこかに隠れているのかもしれない。

 Aさんはそう考えて、公民館中を探すことにした。

「おーい!あいつ無事だったからさ、お前も出て来いよ!」

 全部の部屋を回ったが、どこにもいない。おかしいな…と首を捻っていると、急に携帯電話が鳴った。発信者を見ると、病院に向かった運転手からだった。

「あれからかなり経ったけど、どうだ、見つかったか?」
「いや、それが全部屋見て回ったけど、あいつ居ないんだよ」
「えぇー……それは困ったな……」


 その後も探したがどうにもこうにも埒が明かず、結局この件は警察沙汰となり、限界集落内で警察の捜索が始まったそうだ。

 ただ、突き落とされた方が、「あいつの悩んでいた気持ちが分からなくもないから」という事で、突き落としの件に関しては訴えそのものは起こされず、刑事事件にはならなかったらしい。


 行方不明者の捜索の結果、公民館とは違う一軒家で突き落とした奴は見つかった。その家と言うのが、集落内でもひと際ボロボロで、窓も割れ屋根の一部も崩れてしまっているような廃屋だったらしい。その廃屋内の押し入れの中に、何故か押し入れの戸を開けた状態で入っていたという。

 しかも、何故か服を全て脱いで下着状態だったという。発見した人が周囲を探すと、近くに落ちていた黒いゴミ袋の中に、彼が元々着ていたと思われる服が全て押し込まれていた。

 あまりに奇妙な状況ではあったものの、流石に下着姿のまま連れ出すのは拙かろうと、発見者が促して服を着せることにしたそうだ。彼が服を着ている間に周りを見渡すと、押し入れの中に他にも衣類が押し込まれたゴミ袋が散乱している事に気が付いた。

「何だこのゴミ袋…この人の服だけじゃなさそうだし…なんか古い携帯電話やPHSや靴まで入ってるな…?」

 とりあえず無事保護された事には間違いなく、Aさん達も発見の経緯は聞かされたのだが、運転手やこの地域を知る人たちはみな不思議そうにこう言ったそうだ。

「あの家、何の謂れもないはずなんだけどなあ…」


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 禍話の語り手であるかぁなっきさんは、この話を結構前にAさんから聞かされていた。その時に、「その家そのものには謂れや人死にがなかったとしても、周囲のどこかで何か起きてたりするんじゃないですか?」と体験者のAさんに聞いたらしい。
 それから数年たってようやく、Aさんから続報が届いた。

「以前お話した公民館と廃屋の話の事なんですが。正直言って、良く分らないんですよ、関係あるのかすら分からない。
 ただね、かなり昔に旅回りの一座があの地域に来たという事があったそうで。この一座が何か住人とトラブルを起こしたとかではないんですけど。
 そういう旅回りの人たちって、一定期間同じ場所に居て興行をしてから、次の場所に行くじゃないですか。
 そんな、そろそろ次の場所に行くかという旅立ちの日に、事件が起きたんだそうです。
 それというのもですね、本当の家族だとか、特に仲良かったという事もなかったみたいなんですけど…
 男性と、若い女性と、小さい子供が、用水路に身を投げて自殺したらしいんです。
 何といってもただの用水路ですから、事故で落ちて死ぬとかは考えられなかったみたいなんです。少なくとも、覚悟の自殺というくらいじゃないと死ねないような小さいものだったらしくて。
 しかしながら、遺書とかは見つかってないと。じゃあ他殺かと言うとそれも違うみたいで。変死と言う事で終わったって言う、そういう事件があったと。
 ただ、これ自体がかなり曖昧な話で、自分も色々聞いて回ってようやく、そういう事があったって聞く事が出来たってだけなんですよ。
 とにかく、この集落で起きた『変な人死に』と言うと、これぐらいしか見つかりませんでした」

 このAさんの報告を聞いたかぁなっきさんは、
「話を作ると怪が乗っかると言うのは、これまでいくつか聞いた事があるし、なんなら禍話でもやった事があるけど、まさか本職の人がやるとは思わなかった」
 という感想を持ったそうな。



出典
元祖!禍話 第一夜(2-1) 50:51~

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