【禍話リライト】とりかえしがつかない家
よくある都市伝説の一つに、ある土地に行くと謎の村があり侵入した体験者が村人から追いかけられる、というパターンのものがある。大抵の場合、そもそもそのような土地自体が元から存在しておらず、ゼロから作り上げた創作怪談であることが多い。
あるいは逆に、普通に生活している人が居る集落で、肝試しに来たヤンキーを注意しようとしたのがそれに尾鰭が付いた、というのが実際のところの話なのだと思われる、のだが。
「そういう事だったらどれだけ良かった事か…と今でも思います」
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九州地方のどこかの話。
その村はどんどん過疎化が進み、限界集落を超えついには廃村となってしまった。いや、本当に人が居なくなったのかどうかすら外からでは分からない、そのような地域があるという。
その地域に、流石にここにはもう人が住んでいないだろうと一目で分かる廃屋がある。外観はボロボロで窓も割れ、屋根の一部も崩れている。
その廃屋に行くと呪われる、そう騒ぎ立てて肝試しに行った人達がいた。その中の1人は、あくまで近くに行くだけだと思っていたそうなのだが、他の3人は家の中まで入ってみたいと言い出した。
「俺は残るから、お前らだけ行って来いよ」
そう言った1人――この話を語ってくれたAさん――を車に残して、他の3人は廃屋の中に入って行った。
(あいつら馬鹿だなあ、俺たちもう社会人だぞ。リスクが高すぎるだろうに、しょうがねえ奴らだな)
そう思っていると、すぐに家の中から3人が叫び声をあげて逃げ出してきた。そのまま大慌てで車に乗り込んできて、後部座席に乗り込んだ2人などは「出せ!出せ!」と相当焦っている。
ずっと助手席に座っていたAさんは状況がさっぱり分からず、運転席のもう一人を見ると、これまた慌てているのか車のキーが刺さらずにパニックになっている。
「おい早くしろよ!!」
よほど急かせたいのか、後ろの席の一人が運転席の背もたれを後ろから蹴り始めた。運転手はそれに対してキレる様子すら見せず、
「はー、はー」
息を切らせながら何とか鍵を差し込み、ようやくエンジンをかけることが出来た。そのまま車を走らせ始めると、後部座席の二人がしきりに車の後方を気にしている。それどころか、運転手もミラー越しに後ろをずっと伺っているようだ。
「おい!ついてきてるか!?」
Aさんも車の後ろを見やるが、全然何者かが追いかけてくる気配もなく、3人が何に怯えているのか皆目見当もつかない。
Aさんは当初、廃屋の中で何かが落ちる物音がして、それにびっくりして逃げてきたとか、その程度の話なのだろうと思っていたそうだ。ところが、「何かがついてきている!」と半分パニック状態になっている彼らを見て、どうもそうじゃなさそうだと思い直した。しかも、その様子も演技とはとても思えず、Aさんはとりあえず廃屋で何があったのか聞くことにした。
「なに、何なの?俺ちょっとよく見えなかったんだけど」
彼らが廃屋に入った直後の事。
廃屋の中に、人が居たのだという。入口の方を向いて、膝立ちの状態だったか座っていたか、とにかく廃屋の訪問者を待ち構えるような恰好だったそうだ。
その人物が立ち上がって、わーっと3人の方に向かって走って来た。しかも、手に何か棒状の物を持っている。崩れた屋根から指す光に反射したように見えたので、恐らく金属製の何かだったのだろう。これは危ない!と3人揃って家から逃げ出した。
そんな話を聞かされ、「家の外まで追いかけてきてただろ!?」とまで言われたそうなのだが、Aさんはそのような人物を一切目にしていないのだという。今走っている車の後方も、廃屋から彼らが逃げ出す時も、3人以外全く見かけなかった。
いくら夜中とは言え、懐中電灯の光源もあって、ある程度は人影の判別がつくはず。何より、車を出す時に「ほら来てる来てる!」と彼らが騒いでいたのだから、目につく距離まで家から出ていたとしか思えない。
「キラッと光ったって事はあれ刃物だよな…」「うわー怖ぇー…」と怖がっている彼らをよそに、Aさんはずっと腑に落ちない状態だったそうだ。
*********
肝試しから三日後の事。当日運転手を務めていた奴から、Aさんの元に電話があった。
「やべえかもしれない」
「何が?」
聞くと、後部座席で運転席の背もたれを蹴って「出せ出せ!」と言っていた奴が、あの日からずっと仕事を休んで塞ぎこんでいるらしい。どうしたんだろうと心配していると、その彼から電話がかかってきた。
「あれから一日中考えてたんだけどさ。あいつ、ホームレスだと思うんだけど、そういうのに舐められて馬鹿みたいだよ、自分が」
何言ってんだこいつ…
「だからリベンジ、復讐に行く。馬鹿にされたから」
そうはっきりと言われ、また電話の後で本当に行ってしまったようなので、様子を見に行きたい。
運転手からの電話はそういう趣旨だったそうだ。Aさんは驚いて、仕事終わりに運転手と合流して再び例の廃屋に向かう事にした。
*********
「あれから何回も電話かけてるんだけど、何回コールしても出ないんだよ…」
道中で携帯の発信履歴を見せられたので見ると、確かに相当数かけている事が伺えた。
車を飛ばしてようやく廃屋に辿り着くと、家の前に一台の車が停まっている。
「これあいつの車じゃん!」
「嘘だろ…」
自分たちの車もその近くに止めて降りると、廃屋の中から何か音がする。
グシャ!グシャ!
嫌な想像を駆り立てられながらも、恐る恐る家に近づいて家の中に呼びかけた。
「おい!中に居るのか!?」
暗がりで廃屋の中がよく見えなかったため、仕方なく家の奥まで入ると、探していた当人がバットで何かを叩き潰していた。
「おい、お前!?」
「いやぁ…とうとうやっちゃったよ…カッとなって取り返しのつかない事やっちゃったよ…」
そういう彼がずっとバットで叩いていたのは、黒いゴミ袋だったそうだ。
「あれ?」
「取り返しのつかない事やっちゃったよ…もう人生終わったよ…
原型とどめないまでにやっちゃったけど、まあでもしょうがないよね。
こいつが、最初一発殴った時に謝ればさあ!まだこっちも止めようと思ったんだけど!
まだ人を馬鹿にするような事を言ったり、そういう目で見るからぁ。
そんな馬鹿にするような目で見るな!って顔面を集中的にやっちゃったから、死んでるよ…」
そう言う彼が殴っていたのは、どこからどう見てもただのゴミ袋である。どうしようかと二人は目を見合わせたが、何にせよ相手はバットという凶器を持っている。
この場はとりあえず話を合わせることにした。
「まあ………とりあえず、やっちゃった事はしょうがない、とりあえずちょっとこっちに来い。ああ、バットはそこに置いてな?」
運転手がバットを置いた彼を宥めすかしているのを、Aさんは離れて見ていた。
(なんだこの状況…)
Aさんからしてみれば、そもそも誰も家から出てきていないし、追いかけても来なかったし、それに対してリベンジしようとするのもおかしいし、何よりゴミ袋を殴った所で肝心のリベンジができていない。
(というか黒いゴミ袋なんて最近見なくなったよなあ)
気になったAさんはゴミ袋を調べることにした。殴って音がしていたのだから、何か入っているのだろうと持ち上げてみると、確かに中身がありそうだった。
どれどれと中を覗いてみると、沢山の衣類に混じって、古い携帯電話やPHS、それに眼鏡や安っぽいサングラスが入っている。こんな物一体どこから…と周囲を見回すと、部屋の奥の押し入れが目についた。
懐中電灯の光を向けると、押し入れの中に複数のゴミ袋が押し込まれている。近づいて中身を改めてみた所、果たしてゴミ袋の中に衣類が入っていたそうだ。あるいは、衣類に混じって、少し流行が古めの靴もちらほらと目についた。
何だこれ…
流石に気持ち悪かったので、ゴミ袋は押し入れに戻して家の外に出ると、まだ運転手が慰めている所だった。
「とりあえず警察に行かないと…」
「いやあ…警察には…行かなくてもいいんじゃないかな?なんて」
「でも…やった事がやった事だから…」
「まあまあ、とりあえず今日は家に帰って。一旦落ち着いて考えようか。実家に送るから」
何とか宥めすかして車に乗せ、残ったもう一つの車はAさんが運転して、実家まで送り届けたそうだ。
*********
「いやあ…訳わかんないな…」
帰りの車の中で、Aさんは嘆息した。
「あのさ、申し訳ないんだけど、あの日お前らが逃げ帰った時、俺何も見てないんだよ。車で待っててお前らが叫んでるのを見てたけど…」
そういう風に、Aさんははっきりと切り出そうとしたのだそうだ。今回のはあまりに不可解な出来事が多すぎる。ところが、Aさんが口に出すより先に、運転手の方が話し始めた。
「あいつ、元から間違ってると思うんだよな」
その言葉を聞いて、Aさんは咄嗟に(自分と同じ意見なのかな?)と思ったそうだ。実はあの日何も見ていなかったのだけれど、他二人に話を合わせていたのかと。
じゃあ…そう言いかけたAさんの言葉は、次の運転手の言葉の前に引っ込むことになった。
「だっておっさんじゃねえもんな」
あれ?そういう事じゃないと思うんだけど…
「あいつがバットでボコボコにしたと思ってる相手、おっさんだとずっと言ってたけど、あの日追いかけてきたのは女だよ。しかも小柄な若い奴」
全然違うじゃん…
「だから、あいつはホームレスだ!って言ってたけど。そうじゃなくて、どこかに車が停めてあって、悪戯半分で来た頭おかしいやつだと思うんだよ。
まあ頭おかしいって部分はあってるか。それにしても何見てたんだか」
Aさんは急に運転手の事が怖くなり、結局何も言えないまま、その日は別れたそうだ。
*********
数日後。Aさんの元に運転手から再び電話がかかってきた。
まさか実家に送り届けたあいつがトラブル起こしたのではないだろうな?そう不安に思いながらAさんは電話に出た。
「実は、警察に相談しようかと思って」
やっぱりその件か…
「ああ、あいつの事?まさかまたリベンジに向かったりした?」
「え?ああ、あいつは実家で静養してるよ。二三日したら頭がふわーってなって、何やったか覚えてないらしくて。疲れてるんだから家でのんびりしてなって、会社にも有給届出して休ませてるみたい。
そうじゃなくて、俺の事だよ問題は」
「まさかお前までリベンジに行きたいとか言い出すんじゃないだろうな?」
「違う。マンションの付近に女がいる」
女、と聞いて嫌な予感がして詳しく聞くと、やはり運転手が廃屋で見たと主張していた、小柄な若い女が出没するのだという。
「この前家に帰って、駐車場に車停めてマンションまでの道中歩いてたら、後ろから『こんばんは!』って声が聞こえてきて。振り返ったらあの女が居て、手に金属の何かを持ってて!うわーって逃げたらまた後ろから『こんばんは!!』って追いかけてくるんだよ!
幸いこのマンションオートロックだったから逃げきれたけど、ヤバいよ、バレたよ。よく分かんないんだけど、多分あの日隠れてて跡を付けられたんだと思う」
こいつ…何を言ってるんだ…?
Aさんが気持ち悪がっていると、電話の向こうから、ピンポンピンポンとインターホンを鳴らす音がする。
「おいおい、待て待て!うわっ……ちょっ……とにかく来て!!急いで!!!」
そのまま電話が切れてしまったため、Aさんは大慌てで運転手の住むマンションに向かった。
*********
マンションに近づくにつれ、何やら人だかりができているのが見て取れた。
もしかして妄想とかじゃなく本当にヤバい女が居たのか?
Aさんは真剣に受け止めなかった事を若干申し訳なく思いながら尚もマンションに近づくと、どうもそういう事ではなかったという。
簡潔に言うと、この日運転手の部屋を訪問していたのは、運転手の家族だったそうだ。家族の元に、運転手から訳の分からない電話がかかってきて、心配して彼の部屋を訪れたという事だったらしい。
前日の夜、運転手が急に実家に電話をかけてきて、
「明日、家に傘を持って行くよ。だってさあ、最近は雨も降らないからさ」
「お袋も二三キロ太ったんだろ?」
「冷蔵庫の霜をちゃんと取らないとな」
そういう支離滅裂な脈絡のない事を終始電話で捲し立てていたという。そして、そのままガチャっと電話が切られたため、心配になった家族がやって来たのが、ちょうどAさんと運転手が電話していた時刻だった。
管理人に頼んでオートロックを開け、管理人とともに運転手の家を訪問すると、
「俺はおかしくない」
「なんでそいつを連れてくるんだ」
「そいつを入れるな」
「俺を狙っている」
そう言って、家族や管理人と押し問答になってしまい、ついには警察と救急車が呼ばれる騒ぎにまでなっていた。
Aさんは運転手の家族からそういう経緯を聞かされ、何があったのか逆に聞かれたらしい。
「社会人になっての一人暮らしで、何か辛い思いをしてたのでしょうか?」
「いやぁ…ちょっとよく分からないんですけど、実家でゆっくりされた方がいいかもですね…」
まさかこれまでの体験を語るわけにもいかず、適当にお茶を濁してその場を切り抜けた。
*********
こうなってくると、気になるのは残る一人の事である。Aさんにとっては3人の仲で一番付き合いが薄く、あの日以来全く連絡を取っていなかった。
流石に怖いとは思ったものの、意を決して電話をかけてみることにした。
「もしもし?久しぶりー、一週間ぶりか?他の二人は元気?」
「ああ……家で元気だよ?」
嘘は言っていない。
「お前……大丈夫か?」
あまり付き合いがない相手のため、Aさんはかなり探り探り慎重に話を振ったという。
「ほら、なんか怖い思いしたって言ってたじゃん?俺、あんまりよく見えなかったんだよね」
「ああ、ハイハイ。あれの事ね」
「他の二人もさあ……怖いって引き摺ってる……そういう感じかな?」
嘘は言っていない。
「お前は大丈夫だったのかなって。俺は見えてないから全然大丈夫だけど」
「ああ。大丈夫だよ」
良かった、こいつは無事みたいだ…
「だって相手はガキだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、Aさんは電話を切ってしまった。
*********
実家に帰った二人は、ある程度の時間を経て、無事社会人復帰できたという。ただ、気まずさもあってか、Aさんはあの日以来殆ど会っていない。
残る最後の一人に関しては、完全に没交渉になってしまって、現況は全く分からないのだそうだ。
「あそこって、一体何だったんでしょうね?」
出典
元祖!禍話 第一夜(2-1) 16:47~
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