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30歳・既婚・子なし、『ママにはならないことにしました』を読む。

結婚してすぐのころ、仕事やら新生活やらのストレスから生理不順がひどくなり婦人科にかかった。と言っても、10代のころからずっと生理に振り回され続けてきた私にとっては初めての受診などではなく、どうせ今日も「異常はありませんね」で終わりだろうな、と思った。ところが医者は血液検査の結果を見て、想定外の言葉を発した。

「PCOS、多嚢胞性卵巣症候群の傾向があります」

全く心の準備が整っていなかった私は間抜けな顔で「ほぉ……?」とか何とか言ったと思う。PCOSというのは、何らかの原因で男性ホルモンが過剰に作られてしまって卵胞が上手く育たず排卵がしづらくなる状態。1割くらいの女性にみられる、ごくごく一般的な不妊症の原因と言われている。相変わらずぽかん、としている私に医者は続けて言った。

「お若いけど結婚は……されてるんですね。じゃあ、子供は希望してる?」

なんと言ってもここは婦人科なので、そんなセンシティブな質問も「たこ焼きにマヨネーズかけます?」くらいのカジュアルさで飛んでくるのは当たり前だけれども、あからさまに言葉に詰まった。

そうか、結婚していると普通は「それじゃあ次は子供ね」ってなるのか。あれ、私って子供欲しい? いつかはそういうこともあるかもしれない、と思わなくもなかったけど、けど、けど、それって希望してるってこと?

ぐるぐると混乱し始めた私に「まあ不妊症って言ってもね、ちゃんと排卵できるようにするお薬もあるし、妊娠できるから、PCOSは。大丈夫」と医者は励ましのような言葉をかけた。

「いや、その、今は、まだ」

どうにか絞り出した歯切れの悪い返事を聞いて、医者は大して興味もなさそうに「そう。じゃ、漢方出しておきますね」と言って診察は終わった(ピルは副作用で禁忌になったのでこの時点では漢方しか手がないと思っていた。今はミレーナにした)。

病院からの帰り道、私はまだ混乱の中にいた。子宮を持って生まれながら、自分の身体の中にある器官とこの世に存在しない生命体が繋がりうる可能性をこれまで具体的に考えたことがないと思い知った。そして既婚者となった今、一般的にはその可能性が高い状態であるという事実に改めて直面して、なんだか怖くなった。

だって、私は自分の身体の調子が悪かったから、それを解決したくて病院にかかったのだ。結婚したからといって、すなわち妊娠するための身体になったわけではない。結婚したのはただ夫と家族になりたかっただけで、私の身体は私のもの。でも、結婚すると「子宮を持つ人間≒妊娠する可能性が極めて高い人間」というわけだ。

なんだろう、このモヤモヤは。

積極的に子供を産みたいと考えていなかった私は、この日初めて結婚と子供が結びつけられることへの強烈な違和感を覚えた。それからもモヤモヤを上手く言葉にできないまま、気付けば夫婦2人の生活も数年が経っていた。

***

そしてこの間、ついにこの本に出会った。

ページを捲りながらすごくドキドキした。誰にも打ち明けられない秘密を共有できる友人を、生まれて初めて見つけたような気持ちだった。

女性は結婚と同時に自分の認識や意思とは別途に、嫁ぎ先に帰属した「体」のように扱われる

著者や登場する女性たちは韓国の人たちだけど、私以外にこんなこと考える人がいるなんて、と心底驚いた。絶対産まないと割り切ることも、産みたくない思いへの罪悪感を断ち切ることもできない、という微妙な心の揺れも「わかる!!」が止まらない。

子供をもたない選択を責めるわけでも礼賛するわけでもない。少子化だってもちろん深刻な問題。女性のライフステージが変わるたびに直面せざるをえないキャリアの問題、分岐していく人間関係。どれもこれも思い当たる節があって、一筋縄にはいかないなあ、と改めて思う。

この本のメッセージはとてもシンプルだ。自分の選んだ人生を大事に歩む、ということ。家族のつながりを日本以上に重視する韓国社会で、ただただ一生懸命に自分の思う人生を生きようとする彼女たちの言葉はリアルで、時には苦しくもあるのだけど、でも私はすごく励まされた。友人たちから次々に妊娠出産報告を受けているまさに今、読んでよかった。同じような境遇の方には何かしらヒントになるような言葉が見つかる本だと思う。

それにしても、子供がいてもいなくても、よくやってるよ、私たち。

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