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書くこと

先週のパン学校、テーマは「文章の書き方」でした。
文章を書くことは私にとって長年の課題。

お店をやってた時、インスタをしていましたが、
焼けたパンの紹介は気軽にできるのですが想いや考えを書く、というのがすごく難しくて。たった一度ですが、少しいじわるなコメントがきたことがあって、そこからどうにも投稿をすることが億劫になってしまいました。
どう思われるかをより気になるようになってしまったんですね。

今の時代、ネットをうまく使いこなすことがいかに重要かということは重々、理解しているつもりなのですが、発信力をつけるにはどうすればよいのか、私にはとても難しかった。
というか、多分考えこむよりもまず発信する、ストーリーをあげまくりtiktokを駆使するひとたちのように、息をするように投稿することが出来るようになれば文章を書く腕はめきめき上がるのかも…と思うのですが、考えこんでしまいます。どう思われるかを、気にしすぎている。全員に嫌われたくない欲がすごいのです。

パン学校の校長、田村さんの文章にはいつも嫉妬させられます。
シンプルに、やわらかく、すとんと入ってくる生きた言葉たち。
最近では米粉パンについての投稿。やーあれはもう・・・痺れたなぁ!
どうやったらあんな文章が書けるんだろうと思っていました。

そんななかでの今回の授業。
一番印象に残ったのは、誰でも文章を書くのはしんどいよ、という言葉でした。校長も。たぶん村上春樹も。と。
それでも頭の中にある経験や考えなどの材料を、揉んで揉んで、
たべやすい形にしてトコロテンのようにぐぐぐっと圧をかけて押し出す、
しんどいけれどそれがとても大事だと。
トコロテン、塊のまま置いといてもなんの役にも立たんもんねぇ。

それを知ると、誰かが書いた文章に向き合うときも、もっときちんと向き合おうと思いました。なにか感じるものがあったら、なるべくコメントで反応したい。

パン屋さんって、おしゃれっぽいパンを並べていたら、黙っていてもそこそこ売れるんです。以前の私です。
でも、お客さんがその店のファンになるかどうかは、やっぱり店主の想いに触れたときじゃないかなぁと思います。
それと、お店やってる側も、想いや考えを出していないと、自分の店の売りは?考え方は?っていうのがわからなくなっちゃって、苦しくなってしまいます。以前の私です。だから、苦しくてもちゃんと時間をとって揉んで出す、揉んで出す。大事にしたいと思いました。出さなきゃ損!

そんなわけで、なんとなく疲れが取れないしもう寝ようかな~と思ったけど踏ん張ってnoteを書きました。
文体を、今回は「です、ます」調にしてみましたが、やっぱりいつもの「だ、である」調のほうがしっくりくるなぁ、なんて思いつつ。



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