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【漢方薬】がん治療に超有用!「補剤」という考え方【医】#28

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「漢方薬各論~補剤~」です。

動画はこちらになります。

治療中のがん患者さんに漢方薬を使ったことはありますか?以前の私は、緩和ケアでは漢方薬は使うものではないと思っていました。終末期では内服が困難になり、特に漢方薬は粉で量が多いので、飲みにくいからです。

それまで漢方薬を飲んでいた患者さんも、ホスピスに入院して来ると、ほとんどの方がすぐに漢方薬は飲めなくなってしまっていました。

しかし、ホスピスから大学病院の緩和ケアチームに移り、治療中の患者さんに漢方薬を使っている先生方の姿を見て、「漢方薬は治療中の患者さんにはとても有効である」と私は考え方を変えました。

以前の記事(#22)で、漢方薬の総論的な話をしました。

今日は、各論的に、がん治療にとても大事な、漢方薬の「補剤」という考え方についてお話します。この記事の中で、補剤としてよく使われる4つの漢方薬について、効果や具体的な使い方もお話しますので、ぜひ最後までご覧ください。

今日もよろしくお願いします。


西洋医学にはない「補剤」という考え方

治療中のがん患者さんに対して、漢方薬は「補剤」として最も力を発揮します。

体力や気力などが低下したときに、不足したものを補い、病態を回復させる漢方薬を補剤といいます。補剤とは、がんに立ち向かう気力や体力を「補う薬」のことです。

この補剤という考え方は漢方独特なものです。西洋医学の悪いものを取り除く考えとは真逆の考え方です。「補剤」は、術後や抗がん剤による副作用、がんの悪液質が原因で、体力・気力の低下した患者さんを回復できる力を持った漢方薬なのです。

補剤の基本となる生薬は「人参+黄耆(おうぎ)」です。

人参と黄耆を含む薬を参耆剤(さんぎざい)と呼びますが、参耆剤は、気力・体力を補う、つまり元気をつける薬として昔から使われていました。ここで言う人参とは朝鮮人参のことです。

朝鮮人参を皆さん知っていますか。朝鮮人参は日本でも江戸時代から栽培され、滋養強壮に効果があります。人参+黄耆という基本生薬を有する代表的な補剤が、補中益気湯と十全大補湯、そして人参養栄湯です。これは気力・体力を補う、つまり元気をつける薬としての役割を演じています。

漢方専門医の先生は、「補剤は、漢方のユンケル黄帝液のようなものですよ。毎日飲んでもいいし、頓服で疲れたときなどに飲んでも良いですよ。」と言われます。

漢方には、補気と補血という考え方があります。補気とは、気力・体力をつける役割のことです。補血とは、栄養状態や貧血の改善を行う役割のことです。

補中益気湯は補気の役割があります。十全大補湯は補気と補血の両方の役割があります。

人参養栄湯は補気・補血に加え、精神症状の改善も行います。また、人参養栄湯は咳などの呼吸症状にも効果があると言われています。

さらに六君子湯は補気・補血に加え、胃腸症状がある患者さんに多く用いられる漢方薬です。ただし、これら補剤としての漢方薬は、即効性のあるものは少ないので、2~3か月は続けて効果を見ることをお勧めします。

今紹介した4種類の漢方薬は、補剤として有名なものです。それではこれら4つの漢方薬についてそれぞれ詳しく説明します。


補中益気湯

私は補中益気湯を、全身倦怠感を有する患者さんの第1選択薬にしています。術後の体力低下や、抗がん剤治療後の倦怠感、疲労感、さらにはがん悪液質による倦怠感、疲労感、食欲低下にも効果を示します。

漢方を使い慣れていない先生は、患者さんが倦怠感を訴えた時には、まずこの漢方薬を処方することをお勧めします。なぜなら、補中益気湯は比較的飲みやすく、副作用も少ないからです。

補中益気湯は元気を補う漢方薬と覚えておいてください。最近では、免疫細胞であるNK細胞の活性化などの作用機序があることが、動物実験で証明されています。


十全大補湯

十全大補湯には、10種類の生薬が入っています。けれども、名前の頭に「十」が付くのは、配合されている生薬の数が10種類だから、ということではありません。

「十全」とは、あらゆる側面で完璧、パーフェクト、という意味があり、身体すべてを「十分に、万全に、大いに、補ってやる」という思いが込められている漢方薬です。

補中益気湯と同じく、倦怠感を訴える患者さんに使用すればよいのですが、倦怠感以外にも、皮膚の乾燥や貧血がある患者さんに用いればよいと思います。食欲低下で体重減少が起こっており、顔色が悪い患者さんには適応だと思います。

十全大補湯は補中益気湯より効果が強く、しんどく感じる方もいるので、高齢者に使用する場合は、量を減らすほうが望ましいと言えます。減らす場合、1包2.5gですが、3包/日を2包/日にしてください。

また、十全大補湯の生薬には、地黄や当帰が入っており、胃腸症状が悪化する可能性があるので、腹痛や、下痢のある患者さんは避けたほうがよいでしょう。妊婦、子どもには安全性が確認されていないので、使用は控えてください。

十全大補湯にも免疫活性効果が認められてはいますが、補中益気湯と同じく、これは動物実験での結果です。がんに対する治療効果を促進したり、延命効果があるかどうかの証明は、今後のさらなる研究が必要でしょう。


人参養栄湯

人参養栄湯は、十全大補湯と同じく、補気・補血の作用があり、倦怠感、疲労感、食欲低下に用いられます。そしてそれに加え、咳、痰、息切れなどの呼吸症状や、不安や不眠などの精神症状にも効果があります。

全身状態が弱った患者さんの身体症状だけでなく、精神症状も伴う場合には、人参養栄湯を考えてください。特に薬が多く、減薬を考えている場合には試してみる価値はあります。

例えば、症状にもよりますが、咳や痰の薬だけで3種類の薬を飲んでいて、睡眠薬や抗不安薬を飲んでいて、薬を減らしたいと思っている患者さんには、これらの薬をやめて、人参養栄湯だけにしてみてもよいかもしれません。

また人参養栄湯には、抗がん剤の副作用の末梢神経障害にも効果があることが報告されています。ただし、障害が起こってから使用したのでは効かないことが多く、抗がん剤を始める時から使用することが必要だと私は感じます。

抗がん剤治療前に提案して、患者さんが希望されれば、試してみてもいいのではないでしょうか。

さらに、がんだけではなく、高齢者のフレイルや、糖尿病のインスリン抵抗性を改善する効果も報告されています。私も数人の糖尿病の方に使ったところ、効果があった経験があります。

ただ、人参養栄湯は、他の漢方薬もそうですが、苦くて飲めないという患者さんも少なくありません。しかし、これには対策があります。

飲み方の工夫です。薬を飲む前に、少量の水で口を湿らせます。その後、薬を舌の奥にこんもりと乗せます。そして再度水を飲んで、一気に薬とともに飲みます。
そうすれば苦みを感じなくて服用できます。

苦みは舌の先で感じるので、そこに触れないようにすることが大事なのです。私も試してみましたが、案外うまくできました。苦くて飲めないという患者さんには、ぜひ教えてあげてください。


六君子湯

六君子湯は、食欲不振、胃もたれ、嘔気・嘔吐などの消化器症状の改善に、最も多く用いられる漢方薬です。抗がん剤の副作用による食欲低下や、悪液質による胃腸障害の改善まで、幅広く使えます。

悪液質は、がん患者さんの多くに起こりますが、治療中から起こることも多いです。治療中に起こると、食欲低下により体力が奪われ、抗がん剤治療の継続が難しくなる人も多く見られます。

しかし最近、六君子湯は、食欲改善ホルモンである、グレリンの分泌を促進するというエビデンスが明らかになりました。したがって六君子湯は、悪液質による食欲低下や体重減少に、早期から使うと効果のある漢方薬ではないかと私は思います。

以上、補剤としての漢方薬の解説をしてまいりました。

がん患者さんによく起こる食欲低下や、倦怠感、体力低下に対する、西洋医学の薬は残念ながらほとんどありません。しかし、「補剤」としての漢方薬を使うことで、これらの症状は改善できることは多いです。

ぜひ明日からでも、これらの漢方薬を、適応のある患者さんに処方してみてください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「治療中のがん患者さんに対して、漢方薬は「補剤」として最も力を発揮します。治療や病状進行に伴って、心身ともに弱っている患者さんに、足りないものを足してあげられる「補剤」としての漢方薬をうまく使って、患者さんを助けてあげてください。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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