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終末期後期に起こる呻吟呼吸と無呼吸に対して医師が具体的にすべきこととは【医】#57

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「亡くなる直前の症状:呻吟呼吸と無呼吸」です。

動画はこちらになります。

患者さんが亡くなる直前に現れる兆候はいくつかあります。

以前、「亡くなる直前に現れる5兆候」についての記事を作りました。

しかし、この5つの兆候以外に、臨死期に現れる兆候はまだいくつか存在します。呻吟呼吸と無呼吸もその兆候です。

これは臨死期の患者さんに必ず現れるものではありませんが、もし現れると、ご家族が大変驚き、心配します。したがって、医療者は呻吟呼吸と無呼吸を正しく理解し、ご家族にしっかりと説明できなければいけないのです。

今日は臨死期に現れる呻吟呼吸と無呼吸についてお話します。

この記事は、特に若い医師・学生をはじめとする医療者に観ていただきたい記事ですが、他にも、看取りの援助を行いたいと思っている方、がんの終末期について詳しく知りたい方、がん患者さんのご家族にも観ていただきたい内容です。

ぜひ最後までご覧ください。今日もよろしくお願いします。


死の直前の呻吟呼吸と無呼吸は苦しくない

がん患者さんが終末期になり、意識が混濁してくると、様々な兆候が現れます。その中に、患者さんが、苦しそうにうめき声をあげる呻吟呼吸と呼ばれるものがあります。また数十秒間、無呼吸の状態が続き、その後呼吸し始めるような状態になることもあります。

一見、とても苦しそうに見えたり、息が止まると大丈夫か、と思ってしまいそうですが、この呻吟呼吸や無呼吸を起こしている患者さんは、苦痛を感じてはいないのです。

「なんで苦しんでいないとわかるの?」と思う方もいるかもしれませんが、臨死期に起こる呻吟呼吸と無呼吸のメカニズムを知っていれば、苦しんでいないことが理解できると思います。したがって、積極的に苦痛を取る必要はないし、そもそも効果的な薬物療法はありません。

しかし、傍らで付き添っているご家族には、患者さんが苦しい思いをしているのではないかと不安になることも多いのです。ですので、まず不安に思っているご家族の気持ちを受け取ってあげましょう。そのうえで、患者さんは苦しみを感じていない理由を説明し、安心させてあげることが医師の仕事です。

また呻吟呼吸と無呼吸は、臨死期の患者さん全てに現れるわけではありませんが、もし臨死期にこれらが現れたら「看取り」が数日に迫っています。したがってご家族に、呻吟呼吸・無呼吸は苦しくないことと同時に、看取りが数日に迫っていることを説明する必要があります。ご家族に、看取りに対して十分な準備をしてもらうためです。

また、呻吟呼吸と無呼吸は多くの患者さんに現れる兆候であり、あくまで自然のプロセスであることを伝えることも非常に大事です。

呻吟呼吸・無呼吸は、他の様々な兆候とともに、臨死期における自然なプロセスの中で起こってくるものなのですが、ご家族のほとんどはそのことを知りません。特別なものでないと知ることで、ご家族はとても安心します。

医師であるあなたが、ご家族の不安な気持ちを受け取り、正しく説明をすることが、ご家族が良い看取りを行うための援助のひとつになるのです。


臨死期の呻吟呼吸

ここまで動画を観ていただき、ありがとうございます。これからは、臨死期における呻吟呼吸・無呼吸のより具体的な話をしていきます。そして、最後には、ご家族にどのように説明したら良いかについてお話しますので、ぜひ最後まで見ていただければ嬉しく思います。

まず呻吟呼吸についてお話します。

皆さんにはまず臨死期の呻吟呼吸のメカニズムを知ってほしいと思います。なぜなら、そのメカニズムを知ることで、呻吟呼吸は臨死期に自然に起こることであり、患者さんが実際に苦しんでいないことがわかり、ご家族にしっかりと自信をもって説明できるからです。

呻吟の定義は「呼吸と共に意図しない発声がみられること」です。

具体的に言うと呻吟呼吸は、声門を閉めて息を吐くことで呼気時に「うーうー」などの低く短い音で、呻き声のように聞こえる呼吸のことです。

臨死期になると肺の機能が低下しますが、空気の通り道である声門を閉じることで、呼気を延長させ、胸腔内の圧力を保ち、肺の機能をできるだけ保とうとします。この時の声門を通るときの音が、苦しそうに聞こえるのです。

呻吟呼吸は生体の反射的なメカニズムであり、臨死期における生理的な反応だと言えます。

さらに、呻吟呼吸が起こっている時は、意識レベルが低下しているので、患者さんは苦痛を感じていません。なぜそれが言えるのかというと、患者さんの客観的な観察でわかるからです。

例えば、臨死期の患者さんに、疼痛コントロールせずに鎮静をした場合、意識は低下していますが、明らかに苦痛な表情をしています。しかしその後、しっかりと疼痛コントロールなどの症状緩和をすれば、その苦痛表情は和らぎ、穏やかな表情に変わるのです。

患者さんを包括的に捉えて、今は苦痛を感じていないかどうかをアセスメントする必要があります。では、どのようにアセスメントしたら良いのでしょうか。

まず患者さんの表情を見ます。眉間のしわなどが無く、表情が穏やかかどうか観察してください。苦しいと、意識が混濁していても、手足を動かしたりすることがあります。そのような体動が無いかを確認してください。

もし、アセスメントの結果、苦痛を感じている可能性があれば、適切に症状緩和しなければいけません。アセスメントについてはここではあまり詳しく述べませんが、いずれ動画にしたいと思います。

そういった様々な要因を総合的に考え、最終的に苦痛があるのかないのかの判断をする必要があります。そのことが確認出来たら、ご家族に「苦痛は感じていません」と説明していただければ幸いです。

さて、呻吟呼吸と同じ臨死期に起こり、似ている兆候に死前喘鳴があります。しかし死前喘鳴は、呻吟呼吸とはメカニズムが違うのです。死前喘鳴のメカニズムは、咽頭の後方部分での唾液の貯留が原因で起こり、呼吸時に振動して「ゴロゴロ」という音が聞こえるものです。

ご家族の中には「死前喘鳴は、呻吟呼吸とは違うのですか。」と聞いてくる人がいるので、そういう方には死前喘鳴と呻吟呼吸のメカニズムの違いを説明すると安心します。また後で説明しますが、死前喘鳴と呻吟呼吸はケアの方法も違うのです。

ここまで説明をしてもなお、呻吟呼吸に不安を感じるご家族も少なくありません。しかし、呻吟呼吸の音を小さくする薬物などはありません。

ただ、ご家族を安心させるためのケアとして、体位の工夫のケアがあります。患者さんを側臥位にしたり、頭部の位置を調整することで、できるだけ音が小さくなるような位置を探します。

また、呻吟呼吸の際に、口の中が清潔に保たれていないと、呼吸と共に独特な臭いを発することがあります。ご家族が安心して良い看取りを行うためには、口腔ケアはとても重要です。詳しくは以前の記事「臨死期独特の口臭」を参考にしてください。

呻吟呼吸は、臨死期の5~40%に起こり、出現から死亡までの中央値は1.5~2日と報告されています。この統計のように、呻吟呼吸は半数以下の患者さんにしか起こりませんが、起こると死が迫っていることがわかります。

したがって、呻吟呼吸が現れたら、苦しくはないこと。しかし死が迫っていることをご家族に説明する必要があるのです。


臨死期の無呼吸

次に臨死期の無呼吸についてお話します。

まず、臨死期の無呼吸のメカニズムを知る必要があります。その理由は、無呼吸は臨死期に自然に起こることで、患者さんは苦しくないということを、ご家族に自信を持って説明できるようになるからです。

次に、臨死期の無呼吸と、臨死期以外で起こる無呼吸と鑑別する必要があります。
臨死期以外に起こる無呼吸は、速やかに治療が必要だからです。このことも非常に大切なことなので、鑑別については、メカニズムの後に説明します。

無呼吸とは、10秒以上呼吸が停止することです。

臨死期になり意識レベルが低下してくると、身体全体がアシドーシスになり、細胞が死滅していくため、脳の感度も低くなり、呼吸が必要だと判断しにくくなります。

そのため、臨死期では呼吸回数が減ったり、無呼吸になりやすいのです。そうすると、動脈血中のCO2濃度が高くなり、CO2ナルコシースの状態となります。
したがって、患者さんは苦しみを感じません。

このメカニズムはチェーンストークス呼吸と似ています。チェーンストークス呼吸とは、数十秒の無呼吸のあと、浅い呼吸が始まり、次第に深い呼吸になり、再び無呼吸になるというサイクルを繰り返す異常な呼吸のことです。チェーンストークス呼吸は、重度の脳血管障害、血管系疾患、尿毒症、薬物中毒などの際に現れ、放置すると命の危機が訪れるサインです。

したがって「臨死期の無呼吸も治療が必要になるのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、必要はありません。もし治療をするとしたら、挿管して呼吸管理をする必要があります。

しかし、この時期の患者さんの身体状態は不可逆的な状態になっているので、挿管して呼吸管理をすると、苦しいだけの無意味な延命にしかなりません。したがって、臨死期の無呼吸がでても治療する必要はないのです。

次に臨死期の無呼吸の鑑別についてお話します。

臨死期ではない無呼吸は大きく分けて2つあります。

1. 薬物により起こる呼吸抑制
2. 睡眠時無呼吸症候群

この2つです。

1. 薬物により起こる呼吸抑制

まず鑑別すべき無呼吸は、薬物により起こる呼吸抑制です。とりわけ、ベンゾジアゼピン系向精神薬やオピオイドの過量投与により、この無呼吸はしばしば起こり得ます。

これらの薬物を使用していて、まだ十分余命があると考えられる場合、この無呼吸をそのまま放置してはいけません。呼吸が止まり、死に至る場合があるからです。

薬物の減量・中止や、拮抗薬の投与を考えてください。

2. 睡眠時無呼吸症候群

次に睡眠時無呼吸症候群の場合も、無呼吸を起こします。睡眠時無呼吸症候群かどうかは既往歴や、ご家族からの情報でわかることが多いです。さらに、睡眠時無呼吸症候群は、夜間のみに出現し、昼間の覚醒時には生じませんので、その点からも鑑別できます。

臨死期の無呼吸なのかそうではないのかは、治療すべきかそうではないかの分岐点にもなりますので、とても重要です。しっかりと見極めてください。

無呼吸は臨死期の17~46%に起こり、出現から死亡までの中央値は1.5~2日と報告されています。呻吟呼吸の説明でも述べましたが、無呼吸は半数以下の患者さんにしか起こりませんが、起こると死が迫っていることがわかります。

したがって、無呼吸が現れたら、苦しくはないこと。しかし死が迫っていることをご家族に説明する必要があります。


ご家族にはこのように説明する

先ほどから、ご家族に説明して安心してもらうことが大事だと何度も言いましたが、「具体的にどのように説明したらいいのかわからない」と思う方もいると思います。

それでは、ご家族への説明をどのように行うのかをお話します。

1. ご家族の思いを聴く

まずはご家族へ説明する前に、ご家族が呻吟呼吸・無呼吸に対してどのような思いを持っているかを聴くことが重要です。呻吟呼吸・無呼吸に対して、ご家族が質問してきた場合はもちろんのこと、もし聞いてこなくても、どのように思っているか、どのように考えているのかをしっかり聴いてください。

2. ご家族の思いに共感する

次にご家族の思いに共感してください。ご家族が心配に思うことはもっともな事であると共感し、それは多くのご家族もそう感じるものだという事を伝えてください。これだけで多くのご家族は安心しますので、共感はとても大事なのです。

3. 呻吟呼吸・無呼吸のメカニズムの説明

次に、呻吟呼吸・無呼吸のメカニズムの具体的な説明をしてあげてください。先ほど私が述べた生理的なメカニズムについて、ご家族が理解できるようにわかりやすくお話しください。

4. 苦痛を感じていないことの説明

次に、患者さんは苦痛を感じてはいないことも説明します。これは患者さんをしっかり診察し、これまでの経過を振り返って、根拠をもってご家族にお話しください。

5. 自然な経過であることの説明

さらに、この呻吟呼吸・無呼吸は自然なプロセスであることを説明します。

人は死が迫ると、生理反応は徐々に低下します。意識は低下し、重要な臓器の働きも徐々に弱ってきます。その中で、この呻吟呼吸・無呼吸も起こるのです。

人生最期に起こる症状のひとつであり、自然のプロセスの中で起こることを説明してください。

6. 死が迫っていることを伝える

そして、死が間近に迫っていることもご家族に伝えてください。先ほどお伝えした、統計の数字を伝えても良いかもしれません。

このことを伝えることで、ご家族が大事な人の死を受け入れる覚悟ができ、後悔のない看取りを迎えるための準備に繋げることができるでしょう。

7. 理解の確認

最後に、あなたの説明が理解できたかどうか、ご家族に尋ねてください。これは省いてしまう方が多いのですが、とても大事なことです。

具体的には、まず、今までの説明で何か疑問が無いか、質問が無いかを聞いてください。次に、この件以外にも他に聞きたいことはないかも聞いてください。看取りを覚悟したご家族は、これからどうしたら良いか、様々な疑問を抱くことも多いからです。

最後に、私がどのように説明しているかをお話しますので、参考にしてください。

患者さんが低いうめき声をしていることを、苦しんでいないか心配されていますよね。確かにそのように思われても無理はないと思います。多くのご家族がそのように感じられます。

これは呻吟呼吸と言って、終末期になるとよく起こる症状なのです。なぜこれが起きるのかを少し説明しますね。

終末期になると肺が弱くなるので、一気に空気を出してしまうと、肺の細胞が壊れてしまいます。それを防ぐために、喉にある声門を狭くして、空気を出す量を少なくすることで、身体は肺を守ろうとするのです。その狭くなった声門を空気が通る時の音が、うめき声に聞こえてしまうのです。これはあくまで生理的な反応なので、多くの人も同じような経過をたどります。

また、10秒以上呼吸が止まる状態を無呼吸と呼びますが、今患者さんは無呼吸になっていますよね。患者さんは身体の状態が変化し、脳が「呼吸しなさい」という命令をしなくなるので、無呼吸が起こるのです。これも多くの人が経験する自然なプロセスで、患者さんは苦しんでいませんので、安心してくださいね。

実はこれらが起こってくると、最期の旅立ちが近いサインなのです。後残された時間は1週間は厳しいですね。場合によっては数日かもしれません。

今はすごく患者さんは落ち着いていて、自分でしゃべることは難しいですが、耳は聞こえています。これからの一日一日を大切に過ごしてくださいね。

以上、ご家族への具体的な説明の仕方についてお話しました。

この記事を見て、看取りを前にしたご家族に、安心感と癒しを与えられるようなあなたになってくれたらとてもうれしいです。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「苦しそうに発する唸り声のような呻吟呼吸や、10秒以上呼吸が止まる無呼吸は、亡くなる直前にしばしば起こります。それを見て、ご家族は驚いたり、不安になることが多いので、その不安を取り除くためにも、しっかり説明するようにしましょう。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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