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体重減少・筋肉減少が現れたら、それは悪液質かもしれません【患】#149

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「がんの悪液質」です。

動画はこちらになります。

最近このような患者さんに出会いました。進行膵がんで治療中の患者さんです。

抗がん剤治療も2クール目になり、副作用が出てきて、抗がん剤ができないことが増えてきました。がんが進行してきているような状況です。

患者さんが言いました。

「最近痩せてきて、筋肉も減ってきました。足の筋肉が明らかに落ちてきており、立ち上がる時何かにつかまらないと立ち上がれなくなりました。

妻は『食べないから痩せる、もっとしっかり食べて体力をつけよう』と言います。自分としては、頑張って食べているつもりですが、妻から言われることはつらいです。

また、横になっているのが楽なので、つい横になり休んでしまいます。妻からも『運動しないと筋力が落ちる』と言われ、自分でもそう思うのですが、動くとすぐに息切れしてしまうので、億劫になってしまいます。足の浮腫も出てきました。

どうしたら、体力がもとに戻るのか、と悩んでいます。」

実はこの患者さんとご家族は大きく誤解をしているのです。

この患者さんの体重減少・筋肉量減少は、食べないから、または運動不足が原因ではありません。これは悪液質が原因なのです。

今日は、がん患者さんの多くに起こる悪液質についてお話します。

この記事の中で、なぜ悪液質は起きるのか、悪液質の治療に対する考え方と治療法について詳しくお話しますので、ぜひ最後までご覧ください。

今日もよろしくお願いします。


知っておくべき悪液質

まず皆さんに知って欲しいことは、進行がんの患者さんで、体重減少・筋肉量減少が起こってきた時、がんの悪液質の症状かもしれないということです。

悪液質は、進行がんの60%、終末期の80%に起こると言われています。進行がんの患者さんに非常に多く起こる症状です。

ところが、多くの患者さんやご家族は、悪液質を怠けや運動不足などと思いがちなのです。無理やり食事を強要したり無理な運動をすると、患者さんの苦痛が大きくなり、場合によっては悪液質が悪化し、QOLやADLがさらに低下してしまいます。

ご家族がそのことがわからないで、「しっかり食べなさい」「身体を動かしなさい」と患者さんに言ってしまい、患者さんを責めてしまいがちです。その結果、患者さんと喧嘩をしたり、関係性が悪化することもしばしばです。

また、悪液質を放っておくと、体重減少のほかに、倦怠感・筋肉痛などの痛みが悪化します。筋肉が減少することで、筋肉疲労のための痛みが起こるからです。

さらに、そういった症状が精神的にも影響し、不安・抑うつなどの症状が起こってくることもあります。また、体力が低下するために、抗がん剤の効果が弱まったり、副作用が増えます。その結果、治療の中断をせざるを得なくなったり、生存率の低下ももたらすと言われています。

そして、こうした要因が重なることで、QOLやADLを悪化させ、さらなる悪循環を生んでしまいます。

悪液質ががんの症状であることをまず知ることが、間違った認識や行動に陥らないための第一歩なのです。

悪液質は単なる怠けや運動不足ではなく、がんによる症状なのです。そして、悪液質は治療ができます。主治医に早めに相談しましょう。


悪液質はなぜ起こるのか

繰り返しますが、悪液質はがんの進行が原因であり、怠けや運動不足、さらには気持ちの問題など、本人のせいではありません。

悪液質はなぜ起こるのかを知り、悪液質を軽減させるケアや治療に繋げてほしいと思います。

それでは、悪液質とはなんでしょうか。一言で言えば、がんの悪液質とは「エネルギーが浪費される状態」です。

がんの悪液質になると、がんから分泌される、サイトカインという悪い物質により、体内のエネルギーがどんどん消費されてしまいます。脂肪を消費するだけでなく、本来は燃やしてはいけない筋肉も消費してしまうため、体重の減少や筋肉の減少が起こります。そしてその結果、食欲が低下します。

通常、食欲が落ちると、体重減少や筋力の低下に繋がりますが、悪液質の場合、その逆だということをしっかり押さえておいてください。

したがって、悪液質の場合、食欲がないので食べられるものだけ食べるとか、単に運動をするだけでは、むしろ悪循環を促進することになります。

悪液質のメカニズムを知り、悪循環に陥らないような対応が、治療・ケアになるのです。


悪液質の治療の考え方

それでは、悪液質を改善できる治療・ケアについてお話します。

悪液質が改善できれば、QOL・ADLは上がるし、その結果、治療も継続でき、抗がん治療の効果も上がることが期待できます。

まず大事な点は、悪液質に対する治療は、時期によって違うということです。終末期前期までと、後期からでは考え方が全く違います。

終末期とは、がんが進行してきて、抗がん剤などの積極的治療が難しくなってきている状態の頃からを言います。その中でも、終末期前期とは、今までやってきたことを概ねできる状態のことです。

例えば、好きな花壇の手入れができる、家事も概ねできる、散歩や趣味など、好きなことを楽しんでできる状態です。

ところが終末期後期になると、そういったことができなくなってくる状態になります。

例えば、寝ている時間が増えてきたり、つらい症状がだんだん出てくる人もいます。

これらははっきり線が引けるものではありませんが、終末期前期と後期があることをまずは知っておいてください。

終末期前期までの悪液質は改善可能です。一方で、終末期後期からは悪液質の改善は難しくなります。したがって、それぞれの時期で何を目指すかが変わってきます。そして、時期に応じた対応も変わってくるのです。


終末期前期までの悪液質の治療法

終末期前期までは、悪液質そのものを改善することは可能です。悪液質に対しては、これからお話する治療・ケアを組み合わせ、トータルに対処することが大事です。

栄養サポート
がんの悪液質とは「エネルギーが浪費される状態」だと先ほどお話しました。したがって、食欲が落ちたからといって、食べやすいものや、栄養バランスの偏ったものだけを食べていたのでは、良くならないことが多いのです。

高カロリーで、高タンパク質のものを積極的にとる必要がありますが、そもそも食欲が低下しているので、自分流では難しいかもしれません。あなたの通っている病院の、栄養士に相談してください。

あなたに合った食事のメニュー、取り方をしっかりと教えてくれます。主治医の先生、あるいは緩和ケアチームにお願いすれば、栄養士を紹介してくれます。

がん患者さんやご家族の中で、がんには肉が良くないとか、砂糖はがんのえさになるから禁止する、といった栄養療法を信じて実行している人もいるかもしれません。私はそのことについての是非はわかりません。

しかし、悪液質の治療という面では、むしろそうした食事は悪液質を悪化させると思われますので、注意が必要です。

運動療法
悪液質になると、倦怠感が起こり、身体を動かすことが億劫になりがちです。

しかし、身体を動かさないことで、さらに筋力低下を引き起こします。したがって、身体の活動性を維持していくことが、とても重要なのです。

ただ、動かしすぎは逆効果になります。あなたの身体にあった、適切な運動量というものがあります。これは、リハビリ担当の理学療法士が専門ですので、ぜひ主治医に紹介してもらって指導を受けてください。

薬物療法
悪液質の食欲低下を改善する薬剤はいくつかあります。ステロイドがその代表的なものでしょう。ただし、ステロイドは副作用もあるので、主治医の先生とよく相談してください。六君子湯や人参養栄湯などの補剤としての漢方薬も私はよく使います。

最近はグレリンという食欲を上げるホルモンが薬になりました。エドルミズ®という商品名です。私はこの薬を、今後の悪液質治療薬として大いに期待しています。

悪液質かもしれないと思ったら、早めに主治医に相談して、適切な薬を処方してもらいましょう。


終末期後期からの悪液質の治療

終末期後期には悪液質の改善は難しくなります。しかし、その中でもできることはあります。それはエネルギー温存療法です。

エネルギー温存療法には2つの意味があります。

1つは筋肉の消耗を防ぐために積極的に休むことです。

通常、筋肉は休んでいる時に作られ、動くと破壊されます。悪液質になると、サイトカインが身体の栄養を奪い、通常よりも筋肉が消耗されるので、それをできるだけ防ぐために、積極的に休むことが必要になります。

2つ目は優先度の高いことにエネルギーを使うことです。

倦怠感が強い時間帯と弱い時間帯の症状の程度に合わせて、自分のペースで生活するよう心がけてください。

倦怠感が弱い時間帯に、一日の中で優先度が高いと思う活動をすること。倦怠感が強い時には、身の回りのことを、身近な人や家族に手伝ってもらうのもお勧めです。

1日の中でしたいことをするために体力を温存しておくことも、エネルギー温存療法なのです。例えば、3つのしたいことがあったら、1日1つずつにする。明日イベントがあるから、今日は休むなどです。

やりたいことをすると、その後2~3日は疲れてしまうかもしれませんが、それは想定内です。疲れてしまうことにがっかりせず、治療だと考え、しっかり休みましょう。エネルギー温存療法を活用して、悪液質であっても、自分らしく大事な時間を過ごしてください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

進行がんの患者さんが、体重が落ちてきたり、筋力が低下してきたら、それは悪液質という状態かもしれません。これは、単なる怠けや運動不足ではなく、がんによる症状なのです。悪液質は治療ができます。主治医に早めに相談しましょう。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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