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【医】嘔気・嘔吐の原因が分かり正しい対応をするには #64

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「がんの嘔気・嘔吐」です。

動画はこちらになります。

嘔気・嘔吐はがん患者さんの多くの方が経験する症状の1つです。医療者のみなさんも、1度は、嘔気・嘔吐を経験したことがあると思いますので、患者さんのしんどさは理解できるのではないでしょうか。

嘔気・嘔吐は、外来通院中のがん患者さんの約2割が経験すると言われています。

私は若い頃、患者さんに、吐き気があると言われたら、いつも同じ薬を使っていました。でも、その薬を使っても全くよくならない患者さんもいました。

当時は理由がわかりませんでしたが、多くの臨床を経験し、色々な先生から学び、嘔気・嘔吐には様々な原因があることが今ではわかりました。

原因を明らかにして、その原因に沿った対応をすると、嘔気・嘔吐の症状は改善できます。

今回の記事は、昔の自分のように、これからがんの患者さんをたくさん診ていくような若いドクターに向けて作りました。

この記事で、嘔気・嘔吐の病態、原因がわかり、正しい対応ができる医療者が増えるとうれしいです。

本日もよろしくお願いいたします。


嘔気・嘔吐には原因がある

私が研修医の時、吐き気に良く効くプリンペランという薬を知りました。それを投与すると、吐き気を訴える患者さんの症状がすぐに良くなりました。当時は、プリンペランは魔法の薬だと、私の周りでは言われていたほど、良く効く薬でした。

その後は、吐き気のある患者さんをみると、すべてプリンペランを使っていました。ところが、中にはそれが効かない患者さんも出てきたんです。

何故だろうと思い、その後、様々な臨床経験をする中で、がんの嘔気・嘔吐は原因の種類がいくつかあって、病態をしっかり把握することが大事であることがわかりました。

当たり前だと思うかもしれませんが、嘔気・嘔吐は原因によって、対応が違うんです。

それからは、嘔気・嘔吐の病態から、その原因を考え、制吐剤を選択できるようになりました。

嘔気・嘔吐の病態をまず知りましょう。そこから、嘔気・嘔吐の原因を考えることが重要です。そして、それに応じた対処が必要になってきます。

制吐剤も病態、原因に基づいた薬剤を選択してください。最後に、我々緩和ケアチームへのコンサルテーションのタイミングについてもお話ししていきます。


嘔気・嘔吐の病態

まずは嘔気・嘔吐の病態についてお話します。

図を見てください。

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延髄にある嘔吐中枢(VC)が刺激されると嘔吐反射が起きます。

嘔吐中枢は、耳の中にある前庭器、大脳、消化管、そして、第4脳室底にあるCTZという場所、この4つの経路から刺激を受けます。

そして、こういった情報を伝えるのは、ドパミン、ヒスタミン、アセチルコリン、セロトニンといった情報伝達物質が担います。

覚えてほしいことは、嘔吐は、延髄にある嘔吐中枢が刺激されて起こる。そして、その刺激は、前庭器、大脳、消化管、CTZの4つからの刺激です。

この4つのどこの刺激で嘔吐が起こっているのかを知ることで、正しい対処ができます。


嘔気・嘔吐の原因

1. 前庭器
前庭器は、耳の奥の内耳にあります。乗り物酔いの嘔気・嘔吐はこの前庭器によるものです。

メニエル氏病のように、動くと悪化したり、めまいを伴う嘔気には、これが関わっている可能性が高いです。

2. 大脳
水頭症や脳腫瘍などにより、脳が圧迫されて、吐き気が起こります。これは、大脳からの刺激によって起こる嘔吐です。

それと、もう1つ、ストレスから来る、条件反射的な嘔気・嘔吐があります。抗がん剤、と考えただけでも吐き気がすると言う患者さんがいます。他にも、会社に行きたくないと思っている人が、会社の前に行くと吐き気がするという例もあります。これが、ストレスで、大脳の刺激から来る嘔気・嘔吐です。

1度条件反射が出来上がってしまうと厄介なので、予防的に制吐剤を使うことがあります。

3. 消化管
食道から肛門までの消化管の刺激が、嘔吐中枢に伝えられて起きる嘔気・嘔吐もあります。原因としては、がんによって、消化管が圧迫されたり、動きが悪くなることで起こります。

この他にも、便秘、消化性潰瘍、胆のう結石や尿路結石などでも起こります。

完全に消化管が詰まってしまう、消化管閉塞によっても嘔気・嘔吐が起こりますが、これは、今まで言った消化管による嘔気・嘔吐とは全く違う対応です。

ここで話すと長くなりすぎるので、また別の記事でいずれ解説したいと思っています。

4. CTZ
CTZは、Chemorecepter Trigger Zoneの略で、化学物質による刺激のことです。

例えば、抗がん剤や、医療用麻薬による嘔気・嘔吐が代表的なものです。高カルシウム血症などの電解質異常、尿毒症などの代謝異常なども、直接CTZを刺激して嘔気を生じます。


原因・病態に応じた制吐薬の選択

次に、嘔気・嘔吐の治療の話をします。

嘔気・嘔吐の対処でまず考えなければいけないことは、原因が治療できないかどうかを考えることです。原因が治療できるのであれば、治療を行ってください。

つまり、嘔気・嘔吐の原因を知り、根本原因を取り除くことが大切です。同時に、病態に応じた制吐剤を処方してください。

例えば、脳転移による吐き気は、大脳の脳圧亢進による吐き気です。その場合、脳腫瘍の治療をすることが、根本原因を取り除くことになります。制吐剤としては、ステロイドが有効です。

便秘が原因の吐き気は、消化管の刺激による吐き気です。この場合、排便コントロールを行います。それにより吐き気も収まります。制吐剤としては、この場合は、はじめにお話したプリンペランが有効です。

腸の動きが低下している場合、肝転移で胃が圧迫されている、食後に満腹感があり嘔吐する、食欲はあるけど何か食べようとすると一杯になる、という場合にも、制吐剤として、プリンペランが効きます。

高カルシウム血症の吐き気は、CTZの刺激による吐き気です。この場合、ビスフォスフォネート製剤の投与によって、高カルシウム血症を治療します。

CTZの刺激で起こる嘔気・嘔吐は薬剤で起こりますが、その代表的なものが医療用麻薬です。これに対しては、ドパミン受容体拮抗薬を使います。

私は、セレネースをよく使います。セレネースは、抗精神病薬ですが、CTZの刺激による嘔気・嘔吐にはとても有効です。皮下注射で医療用麻薬を投与するときは、セレネースを混ぜて使います。

ドパミン受容体拮抗薬には、ノバミンという薬があります。以前は医療用麻薬を初めて導入する際、嘔気予防のために、全員の患者さんに医療用麻薬と一緒にノバミンを処方していましたが、今は全員にはしていません。

ドパミン受容体拮抗薬を長期間使うと、手が震えたり、舌が震える、錐体外路症状という副作用が高い確率で起こるからです。今は、嘔気を起こしやすい患者さんにだけ、ノバミンを予防投薬しています。

ちなみに、嘔気・嘔吐を起こしやすい患者さんは、比較的若い女性で、非喫煙者です。

錐体外路症状の中には、アカシジアという、イライラして、じっとしていれないという症状が1日中続くものがあります。これは、患者さんにとっては、非常につらい症状です。原因になっている薬剤をやめると、すぐに良くなります。ドパミン受容体拮抗薬を投与する際には、アカシジアに注意してください。

動くと気持ちが悪くなったり、めまいを伴うような嘔気では、耳の奥の内耳にある前庭器の刺激が疑われます。この場合、原因を取り除くことは難しいのですが、このようなときの制吐剤は、抗ヒスタミン剤が有効なことがあります。

嘔気・嘔吐の原因についてお話してきましたが、いくつもの原因が複合している場合も少なくありません。

嘔気・嘔吐の原因が分からない、複合的な原因で嘔気・嘔吐が起こっているようだ、あるいは自分が使い慣れている薬が効かない、そんな時にはどうしていいかわかりませんね。

そのような場合、ぜひとも、緩和ケアチームや、消化器内科などの専門家にご紹介ください。

以上、がん患者さんの嘔気・嘔吐に対して、その病態、原因に応じた対応、制吐剤の適応について話してきました。

嘔気・嘔吐が続くと、患者さんはつらく、さらにはQOLが著しく低下します。今日お話したことに基づいて、がん患者さんの嘔気・嘔吐の対策をぜひともお願いします。

最後に大切なことですのでもう1度言わせていただくと、がんの嘔気・嘔吐は原因の種類がいくつかあります。病態をしっかり把握すると対応することができます。病態とその原因をしっかりと考えましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。このnoteでは緩和ケアを皆様の身近なものにして、より良い人生を生きて欲しいと思い、患者さん、ご家族、医療者向けに発信をしています。

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